NoVEL V

□神(堕)の往く道
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「どう、なさいました、娘さん……?」

 驚いたが、声をかけた。目の前でしゃがみ込んで私を見る女の子の白金色の髪は、午後の光を照り返し、金糸にも銀糸にも見える。
 口を開いて見ると、やはり体調には回復の兆しが見られないことが実感できてしまう。何か用があるのだろうが、私が今できる神父らしいことと言えば、クロスを握って震える手で印を切ることだけだ。話を聞いてあげることすら困難で、正直なところ放っておいてほしい。
「具合が悪い人を見ているのが趣味なの」
 ぬけぬけと言う少女の目は、本気で笑っているように見える。僅か、耳を疑った。
「……それ、は、健全とは、言えない、しゅ、みですね」
 どうも人は見掛けに寄らないようだ。気品のある顔立ち少女に向かって胃の中身を放射したくなる危険な衝動を抑えながら、力なく笑って見せる。吐いた方が楽になるかなぁなどと、若干抑えが利かなくなって来てはいるのは、私のせいではきっとない。
「おにーさんに、あたしの趣味をどうこう言われる筋合いはないわ」
「私、を見て、楽しん、でいる、のです、から、少しは、あるかと……」
 奇特な趣味をお持ちの女の子だ。無視したら何をされるか分からないという脅迫観念から、途切れがちながらも言葉を紡いでいく。頬から体温が失せて行く様な感覚は、おそらく錯覚ではないだろう。
 もう目を開けていることすら辛い。辛いが気合いで開ける。大丈夫? などと言って極上の笑みで肩を揺さ振られたりでもしたら、私はもう、衝動を抑えきれない。
「……あら、もう限界?」
 さすがにこの女の子も、そこまで非人道的境地には立っていなかったらしい。
 目ざといのか、それとも私の瞼が異様に震えているのが目に付いたのか。女の子はつまらなそうに訊ねた。最初から限界だった、とは言うまい。
「えぇ、それ、なり……にね。もっと、寒、風に、当たりたい、気・分、です」
 吐き出さない程度に力を振り絞って答える。一人にしてほしいと思う本心を微かに交えて。
 だというのに、この赤い外套の女の子は腕に提げていた大きなベルト付きの鞄をあさりだす。昨今の若者の考えはよく分からない。
 突然放り出された私は、女の子から目を外し、プラットホームに視線を巡らせてみた。冷たい風が吹き抜ける夕暮れ前のホームにはもう人もまばら。残っている人は私と同じようにベンチに座って少し休憩しているようだ。今夜王都に向かう上りの夜行列車が停車するが、さすがにそれを今から待つ人はいないだろう。待つにしても普通なら改札横の待合室を利用する。
「あった! はい」
「は、い?」
 想いを遮る少し大きな声に頭が揺れた。活発そうなこの女の子に似合った、よく通る声。……しかし何だというのだ。解るだろうが、私は今とても気分が悪い。精神状態ではなく、体調の問題だが。
「お薬。即効性よ」
 ――瞬間、私の手が女の子の手を、風を孕んで掠めた飛んだ。お互いの前髪が風に揺れた時にはもう、私の手に茶色い小瓶が握られている。中には小さな丸薬が見た目二百粒ほど収められ、ラベルには用法・用量のみが書かれている。どうやら自家製らしいが知ったことではない。
「ちょっ!」
 コロコロと黒い丸薬を転がすと、どうしてだろう一つ一つが宝石に見えた。右手を上げ、女の子と丸薬に礼を尽くす。さて……いただきます!
 むにゅっとした食感。これは……
「……うぐぇ、にぃがぁぃ……」
「入れ過ぎよ……。それに、薬は噛むものじゃないわ」
 嘆息混じりの声に私も激しく同意したい気分だった。この薬、この世の苦さだけを凝縮して作ったのではなかろうか。そんな酷い味だった。舌先から頭がギィィィンと痺れて、眉間の辺りにわだかまっていた何かが消え失せる。
「少し、お腹も空いていたものですから……。これは、欲張った天罰ですか……」
「お腹が空いていたって……わ、もう顔色良くなってきてる……。どんな身体しているの、貴男」
 女の子は顔に手を当て、どうやら呆れてしまったようだ。
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