NoVEL V

□神(堕)の往く道
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「あれ……神父、さま?」
「ん……やぁ、気付きましたか、娘さん?」
 焚き火の前で、ウトウトしていた私を、女性特有の高い声が起こした。ともすれば、気付いたのは浅く眠っていた私の方かも知れないが、それはいいだろう。
 見回せば、辺りはもう夜を過ぎ、朝の光が山際を明るく照らしだし始めている。紅葉によって朱に染まったこの林にも、眩い陽光が当たっていた。
「あの、わたし昨日――」
「いけませんねえ、ご両親や司祭殿が心配しておりましたよ。幸い、湖に落ちた以外は、何事もなかったようですから、私も安心しましたが。
 で、す、が、夜の山を一人でお散歩という無謀な真似は、もうよしてくださいね?」
「は、はい……。ごめんなさい、神父さんにまで、迷惑かけて……」
 問題ない。目の前の少女はもう、何も知らない。
「分かってくださればそれで。では、ここから降りましょう。服を着てくださいねー」
 真上、スカートや上着が干されている枝を指差す。立ち上る焚き火の煙で燻製のようになったろうが、乾いてはいると思う。
「あ、はい。……え、服……?」
 ――あ、何だかマズイ。失言だったかもしれない。いや、これは失策か?
 や、でも私、僧衣を掛けて上げましたし。お陰で私自身は結構寒い思いをしましたし。
「……とりあえず、後ろを向きますね」
 ズザッと、その場で半回転した。ズボンの汚れよりも、目先の危難を気にしよう。
「神父様……」
「は、はい?」
「見、ましたよね?」
 省かれた主語は、もちろん解っている。
「ばっちりくっきり見ました」
 だから正直に答えてみた。
 ……そのせいなのか、後ろからは、只ならぬ殺気が放射されていたりするような。しかもお嫁がどうとか、ブツブツと呪いの言葉までセットで。
「あ、あの、これはですね、不可こうりょぼっ!?」
 弁明のために振り向こうとした私が見たのは、白い素足だった……。



 無事に――だけど頬がジンジン痛むのは何故だろうか――娘さんを御両親の元に送り届け、私はいつもの別れを告げる。

「貴方達に、神の祝福を」

 人間にだけ都合の良い“神”など、存在しないと分かっている私が、ただ神父の義務として。


 それでも、そんな歪な祈りしか紡げない私でも、親子は笑顔で見送ってくれた
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