NoVEL V
□神(堕)の往く道
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――ようやく駅に着く。
汽笛の音が車内に響き渡り、窓からは白岩造りの美しいゼーエンの駅が見えた。晩秋の最中、朱や黄に色付いた木々が並び立ち、ホームに溶け込んで見事なまでの色彩を作り出している。大陸南部の秋がやや遅かったことが私には幸いした。これは、眼福だ。
程なくして、列車が停車する。
人々の流れがホームを満たした。親子連れ、僧衣の集団、スーツ姿の男性、杖を突いた老人……種々も多様の人々が、それぞれの目的に沿って流れに乗って歩いていく。
ある者は列車に乗り、またある者は降りる。息を切らせて乗車口に飛び込む者も多くいた。無理もない、これを逃せば、下りの列車は明日までないのだから。
この、混沌とも言えるプラットホームの中で、私は一人、巨大なトランクケースを手に提げて、ふらふらと歩みを進めた。こんな歩みで他の人の通行の妨げになりたくはないのだが、こればかりは仕方がないと諦める。
「ぅぅえ、気持ち、わる……」
口を吐くのはたどたどしい言葉。思考は冷静を保てるというのに、耳鳴りが発生して頭の芯がぐるぐる回り脳からの指令が舌にまで届いていない。まるで口が勝手に喋っているようだ。
――原因は、私が乗り物全般を苦手としていることにある。情けないことこの上もないが、つまりは列車に酔ったのだ。馬車ならばともかく、と同僚などに呆れられる事も多いがこればかりは仕方がない。もちろん、馬車でも問題なく酔ってみせるのだが……。
「人類の、英知も、これだけは、解決、できませんか……」
列車にはまだまだ改善の余地ありという判断を下し、ふらりふらりと、左右に揺れながら改札を目指して歩みを進める。背後で、列車が大きな駆動音と蒸気を残して走り去って行った。……音に殴られる錯覚。酒には酔わないが、二日酔いというものが良く判った気がする。
列車が行ったからといっても、まだ人の流れは収まらない。ふらふら歩いている私が悪いのだが、トランクケースが、または自身の肩が人々とぶつかり、その度に胃の辺りからせり上がってくる物を堪えなければならないのは、正直、どんな困難よりも身体と精神に堪える。
「少し、休み、ますか……」
混雑する改札口は避け、晩秋の寒風吹き荒ぶプラットホームのベンチに腰を降ろす。磨き抜かれた純白が美しいこの駅で、黒く染め上げられた僧衣を着てベンチに座り込む旅装の私(しんぷ)は目立つだろう。
私の髪が見た目の歳の割りに白髪なのも、そして巨大な漆黒のトランクケースも、目を引く要因だと思う。
やはり全方位から視線を浴びせられるが、仕方がない。できれば誰か、親切な人がどうにかして助けてくれれば嬉しいのだが、そうもいかないか。
好奇、あるいは奇異の視線を投げ付けられても、私には動きようがなかった。もうしばらく冷たい風に吹かれていなければ、まともに歩くことすら困難だ。見る者がそれを悟るのは、数瞬の間があれば充分だろう。やはり人々の視線はすぐに外れ、白いホームを改札に向けて歩いていく。薄情だな、と思わないでもないが、他人を気遣う余裕もないのは私も同じだろう。つまり、お互い様だ。
そう思ってしかし、少し顔を上げてみる。もしかしたら、不可視の救いの神とやらが何らかの恩恵を与えてくれるのではないか。そんなことが起きたのなら今後は自らの態度を改めてよう、そう思って。
――目が合った。
サファイアのように蒼く澄んだ少女の瞳の中に、私の燻った炎のような赤黒い瞳が映し出されていた。