NoVEL V

□神(堕)の往く道
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 列車の汽笛が遠く鳴る。朱に染まった木々が音に揺れ、駅構内も俄かに賑わってきた。
 程なくして、列車が到着する。人の流れが駅を満たした。親子連れ、学生らしき若者の集団、僧衣を着た神父、スーツ姿の男性、杖を突いた老人、――種々も多様の人々が、それぞれの目的に沿って流れに乗る。
 ある者は列車に乗り、またある者は降りる。混雑具合を見て次を待つ者もいれば、息を切らして飛び込む者もいる。
 その、混沌とも言える駅の中、白岩造りのプラットホームに、巨大なトランクケースを手に提げた神父が、ふらりと現われた。
「よう、ぅぅ、やく、到・着で、すか」
 たどたどしい独り言に、心なしか青ざめた顔。その原因は彼が乗り物全般を苦手としていることにある。つまり酔ったのだ。
「人類の、英知も、これだけは、解・決、できませんか……」
 ふらりふらりと、左右に揺れながら、改札を目指して歩みを進める。彼の背後では、列車がやけに大きい駆動音と蒸気だけを残して走り去って行った。
 それでもまだ、人の流れは収まらない。トランクケースが、または自身の肩が人々とぶつかり、その度にせり上がってくる物と危険な衝動と堪えなければならず、目に見えて疲労していた。
「少し、休みま、しょう」
 混雑する改札口は避け、晩秋の寒風吹き荒ぶプラットホームのベンチに腰を降ろす。白く美しい造りのこの駅で、黒く染め上げられた標準僧衣を着てベンチに座り込む神父は、否が応にも目立っていた。
 彼の髪が見た目の歳の割りに白髪なのも、そして巨大な漆黒のトランクケースも、目を引く要因だろう。これで目鼻立ちがそれなりに整っているのだから、見るな、という方に無理があった。
「うぅぇ、気持ち、わる……」
 もっとも、彼は気にしない。職業柄、人の視線には慣れているのである。それに、今は気にしている余裕がない。
 好奇、あるいは奇異の視線を投げ付けて、しかし動きの見せない彼に興味を失って、各々の目的に沿って行く人々。
 見るでもなく見ていた彼は、目の前に少女がいることに、中々気が付かなかった。
 目が合う。
 サファイアのように蒼く澄んだ少女の瞳と燻った炎のようにどこか濁りある神父の瞳が交錯する。
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