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□自宅プラス
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うりちゃんがノアに依頼をするお話



一家の大黒柱であるノアは、何でも屋として家庭を支えていた。迷子ペットの捜索、模擬挙式のスタッフなど、内容は多岐にわたる。仕事の依頼は電話やメールで請け負っていた。
よく晴れた過ごしやすい気候のこの日も、電話での依頼をうけノアは依頼先へと足を運んでいた。


依頼内容は、「家事を教えてほしい」というものだった。


――――――――――


扉を開けたノアは、部屋の惨状にその場で立ち尽くした。ノアを招き入れた家主は、彼が無言でいることに動揺を隠せない。黙っていたままのノアが、ようやく口を開いた。

「……依頼をしてくれた、うりさん…ですね?」
「……はい。」
(…なにこの部屋…すごいぐちゃぐちゃ…)
「家事を教えてほしい、っていう。」
「……はい。」
(うう…絶対呆れてる、だってきれいにしようと思ったけどもうだいぶ汚いから面倒だと思っちゃったし…)
「…ひとつ聞かせてほしいんだけど、」
「……はい?」
「この惨状はいつから?」
「つい…最近です。」

そうですか。と声を落として答えるノアはおずおずと靴を脱ぐと散らばった服や紙の隙間をぬって依頼主の側に歩み寄った。ノアの白いロングジャケットがなびくのに、揺れる度になにかにひっかり、ノアは裾をつかんでようやく依頼主の目の前に立てた。目線のだいぶ違う女の子を見降ろして、ノアは腰に手を当てて、くっと顎を引いた。ノアの前に立つ女の子が困ったように唇をかんだ。

「改めて、始めまして。なんでも屋のノアです。」
「…うり…です。」
(う、なんか怖い…)
「うりちゃん、でいいかな?」
「…はい」
「君の依頼は『家事を教えてほしい』だったね。」
「…はい、」
「申し訳ないけど、今日明日に教え切れるほど君に家事の基礎ができているとは思えない。」
「……」

腕を組んでノアは辺りをくるりと見まわした。散乱した衣服、ゴミいっぱいの袋が並んでおり、台所のシンクからあふれるほどに食器が重なっている、洗濯干しにつけられたままの状態で床に置かれた洗濯物、他にもさまざまのものが転がっている。テーブルの上にも食器や雑誌などがおかれたままだった。歩いてきた個所を見返すと、踏んだところ以外がうっすら埃がたまっていた。あまりにも散らかった部屋の様子にノアは眉間にしわを寄せている。しかし相手が依頼者と自覚しているため、すぐに表情を治してポケットから髪留めを取り出した。いつもは女装をしているノアだが、その理由となるラトがいないためにウィッグを外し、言葉づかいも男性そのもののままだった。目にかかるほどに長い前髪をピンでとめると上着を脱いだ。
持ちこんだエプロンをつけると、ノアは一息ついて真剣な顔つきでうりを見つめた。
真摯な瞳をぶつけられながらもうりは困った表情をくずせずに冷や汗をかきつづけていた。

「ごはん、食べてる?」
「一応、冷蔵庫にあったものは食べてましたけど…」
「作り置き?」
「はい、」
「作ったことは?」
「いえ、その…ないです」
「…わかった。」
エプロンを身につけ、ノアは足元に落ちていたペンを持つとそれをうりに差し出した。不思議そうな顔をしてうりはノアからペンを受け取った。
「まずはご飯の炊き方。洗濯機の使い方。掃除機のかけ方。これだけは覚えてもらうから。メモしながら完璧に覚えて。」
「へ、あ、は、はい!」
(…す、スパルタ!?)
パンパンになったゴミ袋を一つ掴んでノアは途切れることのない指示をうりに出し続けた。




――――――――――

散乱した衣服をクローゼットに戻し、洗濯物を干し終え、ゴミを分別して捨て掃除機をかけると部屋はそれらしい体裁を取り戻した。足の踏み場のない状態から、もう数人お客さんがきても大丈夫ほどに部屋は清潔になった。一息つこうとお茶を入れるノアは台所にたち、未体験だらけの数時間をすごしたうりはあまりの疲労にきれいになったテーブルにつっぷしたままだった。疲れ切ったうりをみてノアがくすりと笑った。

「お疲れ様。頑張ったね。」
「…どうも。」

顔だけあげるうりの前に湯気の立ったマグカップを置いてノアも座った。テーブルには今日の家事のやり方や注意点がびっしりかかれた用紙が重なっていた。ほとんどノアが書いていて、うりといえば物を動かしたりするので精一杯だった。
淹れたてのお茶をすすりうりはようやく息をついた。

「うりちゃん、今日これで終わりと思わないでね。」
「!?」
「部屋をきれいにするのは生活する上で必要だけど、それよりまずは食事。ごはんは毎日炊いて。おかずの作り方も教える。」
「でももう夕がたですし…ノアさんも帰る時間じゃ、」
「うん、だからレシピかくから作っておいて。できてるか確認しに来るよ。」
「!…まだやることが…?」
「当たり前だろ。食べなきゃ生活できないじゃないか。」
「そ…ですけど、コンビニとか…」
「掃除も面倒でしない君がコンビニにわざわざ行こうとする姿が思い浮かばないよ。」
「っ…」
(なんで今日会っただけなのにそんなことわかるのよ、しかもあたってるし!)
不満そうなうりの表情にを鼻で笑ったノアは、しかし頬杖をついてでも努力はできる人だろと付け加えた。
「…しなきゃいけないことなら、しますよ。」
「うん、だから俺が出す課題をちゃんとやりきって。生活できるようになりな。それで依頼は完遂できる。」
「…それまでやり続けるんですか?」
「当たり前。俺は仕事は完璧にこなしたいからね。」
(…私とは正反対だ。)
少し驚いた表情をするうりに驚きすぎだよとノアが答えると、うりがぷいっとそっぽを向いた。機嫌を悪くさせたと感じたノアが軽く肩をすくめた。
(あんなに厳しかったのに、案外イイ人…なのかなぁ。わからないな。)

じっと見つめるうりの視線にノアが優しく微笑んだ。ゆっくり手を伸ばすと、うりの頭に手を置いて髪の毛が乱れない程度になでた。
「厳しくしたのにやりきったね。えらいえらい。これからもがんばろうな。」

「…ノアさん、私これでも18歳なんですけど。」
「家事ができなすぎてうちのニケみたいなんだよなぁ、うりちゃんって。」
「…ニケちゃん?」
「7歳の女の子。」
「なっ!?」
「はは、冗談冗談。それくらい可愛いってこと。」
「ほめてないし、それ。」
「いいようにとるもんだよ。こういう言葉は。」

(言い出したのはノアさんのくせに…)
ふてくされながらもうりはノアがなでる手を振り払おうとはしなかった。ただ単に振り払うのが面倒かもしれないけれど、めったにほめられることがなくて少し嬉しいなんて思ったのかもしれない。



玄関口まででても、ノアはうりの方を振り返りさらに言葉をつづけた。

「じゃあ、今日は帰るね。レシピ今度もってくるから。」
「はい。」
「何かあったら電話してな。」
「…はい。」
「今日は作ったごはん食べてな。」
「あの…」
「ん?」
うりが口をすぼませてノアを上目遣いで見つめた。
「私のお母さんじゃないんだから、そこまで世話焼かなくても大丈夫です。」
「俺が心配ならないくらいしっかりできたら、世話焼かないであげるよ。」
「なんですかそれ。」
「はやく家事できるようになってなってこと。」
「…わかってますよ。」

うりの言葉を聞いてようやくノアが帰っていった。彼の後ろ姿を見おさめてからうりは部屋を見回した。
(きれいになったなぁ。にぼしが居たころと同じくらい…これを継続させないとかぁ。)
面倒くさがりのうりも、生活できない環境が数日続いただけでも危機感を覚えたらしい。
ノアの言葉通りに行動することは性格上できる気はしないけれどそれでも必要性を知っている。テーブルに広げられたレシピをみてうりはため息をつきつつも、広げられた用紙を持った。
(…少しくらいやる気出さないとね…)

意を決しながら、うりは夕飯の準備を始めた。












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