企画小説部屋

□自覚のくすり
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「あんた、たまにはヒルダちゃんの手伝いでもしなさいよ」

「は?」

 男鹿がベル坊と共にいつも通り学校から帰ってきた時のこと。

「なんで…」

 急にそんな話になるんだ?



 ・・・と、玄関で靴を脱ぎながら、ちょうど今から出かけるらしい姉美咲に、顔を合わせて早々何故、ぴしゃりと注意されねばならないのか理解しかねて、男鹿は首を傾げる。


 美咲の言いたいことは分かる。
 男鹿家では男鹿以外の家族に対し、かなり友好的でよく動く――いわゆる、“よくできた辰巳の嫁”であるヒルダ。掃除洗濯を始め、(なるべくやって欲しくない)料理から、買い物まで、男鹿の母や美咲が止めなければ全て一人で片付けてしまいそうなほど、ヒルダはよく働いている。
 だから、美咲は「ヒルダちゃんが動かなくても良いように、あんたが動きなさい」・・・と、そういうことだろうと察しはつく。

 それは男鹿だって――何となく認めたくないが――きちんと分かっているつもりだ。「侍女」悪魔なのだから当然だ・・・と言ってしまえばそれまでだが、その一言で片付けていいとは思っていないし、
 ヒルダ自身、何だか男鹿の家族と一緒にいて居心地が良さそうであったし、
 それに何より、ヒルダは少なからず義務とか仕事とか、そういったことを抜きにして自分がやりたくて自分の意思でそれをやっていると思った。

 そう思ったのと、やはり面倒くさいという気持ちがあったので、ベル坊の世話以外あまりヒルダのやることに関わったことはない男鹿。


「なんでですってぇ?もいっぺん言ってみなさい。言ったらもっと酷い目に合わせるわよ〜」

「い゛っ…!!これ以上酷い目ってなんだよ…無理だろ…!!!」


 よって素直に美咲の求めている答えを返さない男鹿は、美咲にこれでもかというくらいの力できつく絞め上げられる。
 ベル坊は姉弟のそんな様子を見て歓喜の声をあげるが、それに「喜んでんじゃねーぞコラ!」と言える余裕がないため、男鹿は「わーった!分かったから!」と白旗を上げた。

 その返答に満足した美咲は男鹿を解放してやり、げほげほとむせつつ首を摩り「ちくしょー…」と呟く男鹿に言った。



「いーい?今言ったこと忘れんじゃないわよ?ただでさえ昨日買出しに行ってくれたヒルダちゃん、いつもは持ってる傘忘れちゃって、雨に打たれて帰って来て風邪気味なんだから」

「……あいつが?」

 ヒルダが傘を持って行かなかったなんて珍しい。

 男鹿は、武器でもあるヒルダのピンク色の傘を思い浮かべて思った。

「そーよ。…っていうか荷物が多くなると持てなくなるから置いて行ったんでしょうけど」

 運悪く夕立に降られちゃって可哀想に・・・と眉をひそめる美咲。

「あんたの嫁なんだから、ちゃんと労わってあげな。倒れてからじゃ遅いんだからね」

 じゃあ私は用があるから出かけてくる。



 そう言って、美咲は男鹿とベル坊に背を向けて家を出ていった。



 パタン



 美咲の閉めたドアの音が、妙に響いた気がして、男鹿は小さく舌打ちをするとベル坊に声をかけた。


「お前…ヒルダが調子悪いって知ってたか…?」

「ダ?アイ!」

「…マジかよ」

 当然!と掌をグーにして自分の胸をえっへんと叩くベル坊に男鹿はそう言い、とりあえず自分の部屋へ行こうと二階へと足を進めるのだった。




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