企画小説部屋

□お里帰りです。
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 ここは大魔王が頂点として君臨する、魔界。 どす黒く煮えたぎる血の池や、魔獣達の奇声が轟く深い森、そこに生い茂る魔界の人食い植物。
 そんな見るもおぞましい土地にそびえ立つは、大魔王の居城。その城の主は今、例のごとく麻雀ではなく、今回は人間界のゲーム――それも割と古いゲームを何日も寝ずに行なっていた・・・

「ここ意外と難しいんだよねー」

 大魔王は独り言を呟きながらコントローラーを操作する。そこへ大魔王の身の回りの世話をする、老人の側近がやって来た。

「大魔王様…もうかれこれ一週間はそのゲームを続けておられます」

「えー?そうなの?ワシまだ三日くらいしか経ってないのかと思ってた」

「あと二日もすれば魔界の桜の見頃になると報告がございましたので…一旦休息も兼ね、見に行かれてはどうでしょう」

「えー…ワシまだこれやりたい」

「そんなっ…」

 そんなにやってまだやり足りないのか、と額に汗を滲ませる側近。その時、ちゅどーんという音と共に「YOU LOSE」の画面が。

「あァ〜またやられちゃったんだけど」

 大魔王はコントローラーを片手だけで持ち、もう片方の手で側近に見えるようひらりと振ると適当な感じに言った。

「じゃあ〜その二日後?だっけ?ワシ一人で見るのつまんないから、人間界に送り込んだワシの息子とヒルダ、それに息子の契約者の人間呼んどいてよ」

「は…はぁ…人間もよろしいので?」

「二日後に来るよう手紙送っといて。あ、名目は『里帰り』にでもしとけば良いから」

 困惑する側近を無視して再びコントローラーを握り締めた大魔王は、そう言ってゲームを再開した。
















 人間界。

「聞けドブ男、今朝郵便受けを見たら大魔王様から手紙が送られてきていた」

 男鹿家にその手紙が届いたのはあれから一日経った後。ヒルダはそれを黙読し、朝食が終わってからさっそくゲームを始めようと準備をしていた男鹿にそのことを告げた。
 男鹿は手を止め嫌そうな顔で手紙を読んでいるヒルダを見上げる。

「なんだよ…また宿題か?それともテストか…それかひょっとしてまたウチにやって来んじゃねーだろな」

「いや…今回はその逆だ」

「はぁ??」

「ダブ??」

 一体何の逆なんだ、と首を傾げる男鹿。それと同じ表情で、ベル坊も首を傾げる。
 ヒルダはそんな自分を不思議そうな顔で見上げてくる小さな魔王の可愛らしい姿に微笑むと、主の前に正座して口を開いた。

「坊っちゃま、『里帰り』でございます」

「だ…?」

「手紙には二日後とありましたが、日付は明日でしたので、今から魔界へ帰る準備を致します」

 そういうや否や、さっそく持って帰る物の整理をしようと立ち上がるヒルダ。そこへ待ったをかけるのはもちろん男鹿だ。

「ちょっと待て!」

 逃がすか!とがっちりヒルダの手首を掴み、ヒルダを睨みつける。それには応える気がないのか、ヒルダは翡翠の眼で男鹿を見つめ返すだけである。

「それってベル坊も行くんだろ?」

「当然だ」

「じゃあ絶対俺も行かなきゃなんねーじゃん」

「そうだな」

 分かりきったことを・・・と男鹿を見下ろす。

「…というか今回は坊っちゃまが行く行かないに関わらず、貴様も連れて来るようにと書いてあった。三人で魔界へ里帰りしろと。分かったらさっさと貴様も準備をしろ」

 そう吐き捨てると、ヒルダは男鹿の手を振りほどき、部屋を出ていってしまった。

「は…はぁーーーーー!?」

 俺の意思は無視か!…てか「里帰り」ってなんだその無駄にアットホームな響きは!

 こうして・・・男鹿には不満と不安要素満載のまま、親子三人、初めての魔界への里帰りが決定するのであった。


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