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□tactician
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※キャラ崩壊注意報です…。苦手な方はご注意くださいね。
神崎直は右手の甲で目をごしごしと擦った。目の前の光景があまりにも信じられないものだったので、幻覚でも見てるのではないかと思ったのだった。
バチバチと頬を叩いて、もう一度目を凝らす。変わらない。もう一度目を擦る。やはり、変わらない。
──嘘、絶対嘘だ。彼がこんな風になってしまうなんて…!
彼女の視線の先には、ニッコリと笑う男が一名。満面の笑みで机に突っ伏して、彼女に手招きをしているその男は。
「あ、秋山さん─…!?」
直が福永から電話を受けたのがつい一時間前。秋山を迎えに来て、とのことだった。迎えに来て、というそのニュアンスに引っ掛かりを覚えながらも指定された場所に来てみると──この有り様だ。
こんなにも泥酔した彼を見たことが無い。締まりのない笑顔がまるで別の人間を見ているかのような錯覚を抱かせる。
直は困惑しながら、煙草を片手に溜息を吐く福永の隣に座した。一体何がと問うと、福永は重苦しい溜息と共に幾何かの煙を吐き出して、一言。
「自棄酒ね」
「……え?」
「だから、こいつ自棄になってんの。やめろっつったって聞かないでガンガンとばすから」
「はあ…」
泥酔し切った男の眼には既に、彼女以外のものは映されてはいないらしい。ちらと直が視線を彼に移せば一瞬でかち合う視線。ニッコリ、と笑い掛けられて彼女は益々困惑しながら引き攣った笑みを返した。
「あの…、こ、こんばんは…秋山さん」
「はい、こんばんは。迎えに来てくれたの?」
クスクス、と笑いながら至極上機嫌な声色の彼が、手にした蜂蜜色の液体の入ったグラスを揺らす。
調子が狂って適わない。直は肩を竦めて隣の福永を見遣った。が、少し意地の悪い笑みでどこか傍観した様子の彼が、助け船を出してくれるだろうことは、どうにも望めそうになかった。
「嬉しいなあ。君が来てくれるなんて思わなかった」
「え…あ、そうですか…」
何となく気恥ずかしい。微かに頬を染めて俯いた直の表情を窺うように、机に伏せたままの彼が首を捻る。目が合うとまた、ニッコリと満面の笑み。──これは一体誰だろう。息の詰まるような思いがした。
「あの…なにか嫌なことでもありましたか?」
「嫌なこと?ああ、ちょっと違うけど。でも悩みごとはあるよ」
「悩みごと…?秋山さんの?」
「うん。君のことだ」
「そうですか、私のこと…って、え?私のことですか!?」
大きく目を丸めた彼女を面白そうに見上げて、またクスクスと笑う彼。自分が自棄酒に彼を追い込んでしまったのか、そこまで追い詰めてしまったのか、と一瞬ひやりとしたものを背筋に感じた彼女だった。が、軽快に笑う彼を見ているとどうも合点がいかない。
ともあれ、自分がこの彼の奇行の根端とあれば、その理由を知る義務があるだろう。直は至極真面目な顔で身を乗り出した。
「私に関する悩みごと、って何ですか?」
「うん?」
「教えてください。もし私に悪いところがあるなら、ちゃんと直しますから」
参ったな、と彼は呟いて前髪を掻き上げ、目を閉じた。参ったなと言う割に表情はとても穏やかだ。こんなにも掴みどころのない彼はまるっきりの別人に見えた。どこに向かってくるか分からない変化球のようなものだ。
「─…い」
「え?今なんて…?」
「頭が痛い…」
がくり、と直の頭が思わず落ちる。頭が痛いなあ、と言いこめかみを押さえながらも、彼はニッコリと笑ったままだ。お手上げ状態の彼女に、彼は少し掠れた声で言う。
「うちまでついて来てくれないか。そしたら言うから」
「福永さんっ。もう二度と秋山さんにお酒を飲ませないでくださいね?絶対ですよ!破ったら絶交ですからね!」
後日、顔をそこから火を噴かんばかりに真っ赤にした直から延々と釘を刺される破目になった福永だった。が、全ての元凶となった男はどうも晴れ晴れとした表情で居る。
どうやら悩みとやらは解決したようだ。福永がちらと彼を盗み見ると、彼はニッと口の端を持ち上げてピースサインを作って見せた。──まるで無邪気な少年のようだと錯覚してしまうところだった。性格を知らなければ、の話だが。
end.
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秋山の悩みって何だったんでしょうね…ふふふ(笑)