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□モノクロ写真
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私にはあの人の写真が一枚も無い。

あの人は決して被写体になってはくれなかったから。










「秋山さんっ、どうして写ってくれないんですか!?」



頬を膨らませて携帯を構える直から逃げるように背を向けて、秋山深一は彼女に見えない位置でそっと、宥めるように微笑んだ。



「写真は苦手なんだよ」

「でも…一枚くらいいいじゃないですか!」

「ダメ。大体君はどうしてそんなに俺の写真がほしいの?」



だって。そう言う直の頬に僅かに赤みが差し、言葉から僅かに覇気が零れ落ちていく。



「その…あ、後から思い出して、懐かしく思えるじゃないですか!」

「ふうん。後から思い出す、か…」

「そうですよ。あ、あの日はこんなことがあったなあ、とか…。秋山さんはこんな顔をしてたなあ、とか…」



ふふ、と彼が微かに笑い声を零したが、その意味をまだ彼女は知らなかった。



「やめときな。そんな悪趣味」

「あ、悪趣味…!?ひどいです!」



ショックを受けて目を丸める直をちらりと後ろ手に見遣り彼はまた少しだけ微笑んだ。

その微笑みに何故か少しかさついた、渇いたものを感じたのはきっと気のせいだ、彼女はそう思うことにした。



「後から写真で俺の顔なんか見たって何の得にもならないよ」

「えー…でも…」

「だからほら、携帯仕舞って。腹減ったから何か食べよう。映画はその後にでも行こうか」



そう言うとまだ不満げな直の手を引いて振り返り、秋山は「な?」と了承を求めるように少しだけ首を傾げて笑った。

優しく、優しく。










あのかさついた笑いの意味が分かるのはきっと、もうあの日手を引いてくれたあの人が隣を歩いていないから。

携帯のカメラなんかに頼らずにどうしてもっと心の中でシャッターを切らなかったんだろうと今更、後悔して、後悔して、また後悔する。



きっとあの人が写真を嫌ったのは、私の中に残っていたくなかったからなのだと思った。

いつか私の隣を歩くことをやめる日が来ることを知っていたから。



残してくれたあの日の笑顔は見えないアルバムの中に仕舞って在る筈なのに、最近少し褪せてきたようで、あまりはっきりと思い出すことが出来ない。

眩しいほどに鮮やかだったカラー写真は、モノクロに。

そしていつの日かきっと、音も無く、唯の白に還る。

後悔すらも忘れ去り無に還る、その暁には。







end.

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