Princess Mononoke
□花嫁 6
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天井から降ってきた木材や重石などを、二人で黙々と片付けた。
天井にぽっかりとあいた穴はどうにもならないので、明日、アシタカが自分で塞ぐことになるだろう。
アシタカとサンは、囲炉裏をはさんで向き合った。
天井の穴から差し込む星明かりが、サンの首元に下がる小刀の切先を青く輝かせる。
それは、彼が贈ったものだ。
「サンがこの村を訪ねてくるとは思わなかった。──私に、何か用でも?」
他人事のような物言いに、サンは怪訝な顔をした。
「用がなかったら、こんなところまで来るものか。今朝のことを聞きに来た、ただそれだけだ」
鋭い眼差しに、アシタカは射竦められる。
彼女に見つめられると、全てを見透かされてしまうかのようだ。
「兄さんから聞いた。昨夜の出来事について。新しいシシ神様がやってきて、私をよこせと言ったそうだな」
アシタカはサンの胸元の小刀を見ている。
彼女とは、決して目を合わせようとしない。
サンはそのことがもどかしいように、声を荒げた。
「アシタカ。お前は私が、神の嫁になると思ったのか?──本気でそう思ったのか?」
「サン。そなたは森に生きる身だ。誰よりも森を愛し、森と共に生きることを願っている。──それが森の意思ならば、従うのだろう?」
「ふん。知ったような口を。勝手に決めつけるな」
アシタカの目には映らなかった。
立ち上がったサンの顔に浮かぶ、悲しみと落胆の表情は。
「お前の考えはよくわかった。──アシタカ、お前は私がお前を思うほどに、私を思ってくれてはいないのだな」
「……何故そんなことを言う?」
「何故もへったくれもあるか。そうやって簡単に別れを覚悟できるほどの存在なのだろう?お前にとって、この私など」
とうとうアシタカは、顔を上げてサンの目を直視した。
──今の彼女は、炎ではない。
そのまなざしは、凍てついた氷のように冷ややかだった。
「……そなたは勘違いをしている」
「何が勘違いだ!現にお前は、ろくに話もつけずに、もう私とは会わないなどとたやすく決めつけて……」
「──たやすくなど、ない!」
びくりとサンの肩が揺れた。
穏やかな気性のアシタカが声を荒げることは、滅多にない。
つい先程まで悲愴に暮れていたことが嘘のように、彼は奮然と立ち上がった。
「サン、そなたは知らない。私がそなたをどれほど離しがたく思っているか。シシ神に相見え、そなたを妻にと望むあの神を、私がどれほど妬ましく思ったかを──そなたは知らないのだ。私にとって、そなたがどれほどの存在であるかを」
歩み寄ってくるアシタカから遠ざかるように、サンの足が一歩、二歩と後ずさる。
アシタカが、怒っている。
いつも穏やかに笑っている、あのアシタカが。
冷えた土壁にサンの背が当たると、逃げ場を塞ぐように、彼の両腕が彼女を囲った。
「私がそなたを軽んじているなどと、──その口からだけは、二度と、聞きたくない!」
血を吐くような、切実な声だった。
痛ましい。狂おしい。
──こんなアシタカ、私は知らない。
気が付けばサンは、目の前に立ちはだかるアシタカの胸を、思い切り突き飛ばしていた。
振り返ることもせずに、タタラの村を抜け、草原を駆けて、森にたどり着くとようやく立ち止まる。
心臓が鳴りやまず、サンは胸の上で両手を重ねた。
息苦しいのは、疾走してきたからではない。
走ることなど、慣れている。
これはアシタカのせいだ。
何もかも、あの男が悪いのだ。
激情にまかせた彼の声がまだ耳元でくすぶっている。
「一体どうしたんだ、アシタカ……」
夜風にあたって落ち着こうとするが、ほてった頬は、なかなか元通りにはならなかった。
【続】
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二ヶ月近くも放置していました…。