ranma 1/2
□時は流れる
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「もう春になるわね」
三月の下旬のある日の、お昼時のこと。
天道あかねは居間から空を見上げて言った。
すがすがしい青空が広がっていた。
朝点けていた暖房も、今は消えている。
「……」
「あんたが来てから、もう何回目の春だっけ」
「……」
特に返事を期待していたわけではなかったが、こうもあからさまに無反応で返されると、さすがに顔の半分がひくっと引き攣った。
けれど、前のように怒鳴ることもなければ、手を出すこともない。
すぐに苛立ちが萎れて、あかねはひとつため息をつくと、お茶のおかわりのために台所に向かっていった。
途中、畳に寝転がってあかねに背を向けている、早乙女乱馬を──「元」許婚を、一瞥して。
いつからだっけ。
あたしたちがこんなふうになっちゃったのって。
あかねは天井を見上げた。
木目がいやに遠く見えた。
乱馬とあかねの婚約が解消されたのは、一年前。二人の卒業式の日のことだった。
三年間も近くにいて、結局二人の関係が進むことはなかった。
それどころか、高三の受験期になると、二人ともぴりぴりとして関係が逆に悪化してしまった。
けれど、乱馬は高校を卒業したら、本気であかねにプロポーズするつもりでいた。
優柔不断のへたれ男だが、実はずっとあかねのことを一途に想っていた。
受験期にぴりぴりしだしたのも、単にそのことへの緊張や照れからのことだった。
一方であかねは、乱馬の変わらない態度や行動を見て、徐々に乱馬への想いを萎えさせていった。
受験期には乱馬が鬱陶しくて堪らなくなった。
もちろん乱馬の本心など知る由もなかった。
もう、恋心はなかった。
高校卒業の日、あかねは同じクラスの男子に告白された。
同じ大学に受かった男子で、才色兼備で穏やかな性格の人だった。
何より、中学の頃からあかねを想い続けてよくしてきてくれた人だった。
あかねは首を縦に振った。
二人は付き合うことになった。
その日、こっそり受験勉強の合間にバイトして貯めたお金で婚約指輪を買いに行った帰り。
乱馬はあかねの口から直接、あかねが他の男子と付き合い始めたことと、婚約破棄したいとの旨を告げられた。
その日からだ。
乱馬は決してあかねと目を合わせなくなったし、一言も口を利かなくなった。
──あの日から、あたしたちは止まったままね。
あかねはそんなことを他人事のように思う自分を、なんだか薄情者だなと思った。
けれど、しょうがないことだった。
あかねの時間は、確実に動いているのだから。
そもそもどうして乱馬が自分を無視するのか。
あかねには分からなかった。
自分に興味がないのは分かってたけれど、それにしてもなんて捻くれているんだろう。
乱馬の想いを知る由もないあかねは、そう思っていた。
乱馬はあれ以来、気味が悪いほど人が変わった。
勤勉になって、とてもいい成績を取っているらしかった。
寡黙になって、家にいる間誰とも口を利かず、大抵部屋で勉強して過ごしている。
何も言わずに格闘の修行に行ったり、何日も連絡なしで帰ってこなかったり。
それでも天道家にはひょっこり帰ってくる。
いつの間にか変身体質も直したらしく、いつからかぱったりと、もうあのチャイナ服に赤いみつあみの女の子を見ることはなくなった。
玄馬はまだパンダになってしまうから、きっと独りで黙って中国に行ってきたのだろう。
あれほど煩く付き纏っていた三人娘も、全く現れなくなった。
良牙もムースも八宝斎も、誰も。
シャンプー達中国組は中国に帰ったらしい、
どうやら乱馬が強制帰国させたようだ、とあかねは風のうわさで聞いた。
みんなを遠ざけて、自分の殻に閉じこもってしまった乱馬。
乱馬は徹底的に自分を追い込んでいた。
──誰にも明かさない本心を、ずっと心のうちに秘めて。
空気はぎこちなく気まずいけれど、早乙女親子はいまだ天道家に居候しつづけている。
玄馬はともかくとして、なぜか乱馬は出て行くそぶりがない。
あんな態度をとりながらも、しっかり天道家に居座りつづけている。
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