ranma 1/2

□いい夫婦の条件
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(※微裏)


透き通った蜂蜜色のシャンパンが、小さな気泡を幾つも弾けさせながら、乱馬が手に取ったグラスの中でゆったりと揺れている。

結い上げたあかねの髪に挿されたシャンパンゴールドの髪飾りが、鬱蒼とした夜の森を渡る月のように、ちらちらと見え隠れして輝いている。



乱馬がグラスを少し傾けて、シャンパンを口に含み、隣に座るあかねの髪飾りに手を伸ばした。

肩まで伸びた黒髪がはらりと落ちると、あかねが肩を竦めて目をぎゅっと瞑る。



乱馬は髪飾りをベッドサイドテーブルに置くと、あかねの顎に指を添えて上向かせ、顔を斜めにほんの少し傾けた。

シャンパンに浸されて潤った唇が迫り、あかねの桜色に艷めく唇を優しく覆う。



地蔵のようにカチカチになって唇に全意識を集中させているあかねの後頭部に手を宛てがうと、乱馬はそのままあかねをベッドに倒した。

あかねが驚いて閉じていた目を開けたかと思うと、自分に跨る乱馬を見上げて目を剥く。



「ら、乱馬っ?」

「あかね、今日はいい夫婦の日だよな?」



目を回すあかねの目と目の間に唇を落として、乱馬がにやっと口角を持ち上げながら、念を押すように訊いた。



「……だからこうやって、夜景の見えるホテルでお食事してるんじゃないの?」

「お前、一度夜景が見えるホテルで飯食ってみてえって言ってただろ?せっかくだから、連れてってやろうかなーと思ったんでい」

「うん、あんたにしては珍しい気の回し様ね…って、何してんの!バカっ」



オフホワイトのブラウスのボタンを外して胸元を寛げる乱馬の手を、顔を赤くしたあかねの指が容赦無く抓った。

いてえ、と言いながらも手は掴んだブラウスの胸元を離さない。



「離してよ!何考えてんのよ、変態っ」

「あんまり暴れるなっつーの!ったく、これも『いい夫婦』の条件の一つなんだぞ?」

「……はあ?」



面妖な顔をして睨むあかねの腰を、乱馬の脚が突然両側からぎゅっと締めた。

夜の営みを思わせる甘い刺激が背を走り、途端にあかねの顔が羞恥に染まる。



「ちょ、ちょっと…」

「いい夫婦の条件は、毎晩『する』こと!」



憎らしいほどに晴れやかで爽やかな笑顔を浮かべて、乱馬が言い切った。

それを聞いたあかねの顔が、今度は蒼白になる。



「はあっ!?」

「だーかーらっ、毎晩最低でも一回は『する』こと。これがいい夫婦の条件だ」

「何勝手なこと言ってんのよ!それに、い、一回とか言って、どうせ一回じゃ済まさないくせに……!」

「あっ、お前まさか…だから最近狸寝入りして、俺から逃げてたのか!?」

「そうよ!」

「くっ……!そりゃ、俺達結婚してまだ二ヶ月しか経ってねえし…焦りは禁物だってわかってっけど…それにしたって、今までたった三回しかしてないって、夫婦としてどうなんだよっ!?」



負け犬の遠吠えのように、その無念の嘆きは夜景の見えるホテルの一室にわんわんと轟いた。

あかねが苦虫を噛み潰したような怪訝な顔でそっぽを向き、悪びれのない声でポツリと呟いた。



「……だって、痛いんだもん」

「そりゃ、最初のうちはそういうもんらしいし…」

「それだけじゃないっ。あ、あんたのが、あたしに合わないのよきっと!」



乱馬が、雷に打たれたような顔をして、ピシリと石化した。

さすがに、そんな彼を少し憐れに思いながら、あかねはぼそぼそと言いにくそうに言葉を続ける。



「だから、その…少しずーつ、馴らしていければいいのかなあって……」

「……その、『少しずーつ』ってのは、どんぐらいの頻度だ?」

「えっと……ひと月に一回、とか?」

「ひと月に一回っ!?」



乱馬が素っ頓狂な声を上げて、ショックのあまりガックリと肩を落とした。

彼女によろよろと背を向けたかと思うと、いじけて膝を抱え、さめざめと悔し涙すら流し始める。



「なっ、泣くことないでしょー!」

「だってよ…月一回って…そんなの、どう考えたって少ねえだろ……」

「わ…わかったわよ!あたしも頑張るから、あんたももうちょっとあたしを労わって……」



突然、あかねを振り返った乱馬が、にやりと不敵に笑んだ。

あかねの白く細い腕を掴んで寄せて、驚いた彼女があっという間も無く、露わになった水蜜桃にも似た胸の片方を、もう片方の手が少し強く掴む。

今度は、顔をぼんっと染めたあかねが、石のように硬直してしまう番だった。



「……あかね、頑張って『いい夫婦』になろうな?」



悪戯少年のような、それでいて大人の艶を孕んだ声で、乱馬は桃色に色付いた耳元に囁いた。

そして、口をパクパクさせながらも何も言葉の出てこないあかねの様子に小さく吹き出したあと、豊かな黒髪を再び枕の上に散らした。










end.
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2011.11.22 いい夫婦の日

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