ranma 1/2

□ブッシュ・ド・ノエル
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「クリスマスケーキならあたしが作るわよ!」



あかねのその言葉に、天道家一同から一瞬にしてクリスマスモードが減退していった。

乱馬がひくりと口角を引き攣らせながら、意気込んでエプロンを身に着けるあかねの肩を叩く。



「?何よ、乱馬。あたし今から忙しいんだけど」

「…頼むから、かすみさんに任せてくれ。クリスマスに全員寝込んでもいいのか?」

「何よそれ。そんなの作ってみなきゃ分からないじゃない」

「作る前から明らかだろうがっ!!」

「失礼ね!見なさいよっ、こうなる予定なのよ!!」



ずいっとあかねが差し出してきた料理本のページには、完璧なブッシュ・ド・ノエルの図。

見るからに美味しそうだが、この代物をあかねの壊滅的な料理の腕前で作るとなると……。



「やっぱやめとけよ、材料の無駄だ」

「何ですって!?何よ、最初から不味いって決めつけちゃって!!」

「賭けてもいいっ、ぜってー壊滅的な不味さになるぞ!!」



しかし乱馬の本音は別のところにあった。

あかねがこうしてケーキ作りに没頭してしまえば、一緒に過ごす時間が削られてしまうではないか。

折角のクリスマス、夕飯までの間にどこかに誘おうと思っていたのに。

だがどうにも逆効果だったようだ。



「あんた、『賭けてもいい』って言ったわね?じゃあもしあたしが上手に作れたら、あたしの言うこと聞く?」

「……はあ?」

「もし本当に不味かったら、あんたの言うことひとつ聞いてあげるわよ」



あかねは既に勝負意欲を剥き出しにしている。

しまった、墓穴堀ったと乱馬が自責する間も無く、張り切ったあかねが台所に消えて鍵まで掛けてしまった。



「お、おい!あかね!!」

「ちょっとうるさいわねっ、あたし集中してるの!あっち行っててよ!!」



しばらく台所前で粘った乱馬だったが、あかねは一向に降参の気配を見せない。

ああ最悪、とひとり嘆息しながら、乱馬はこたつに戻ってみかんをひとつ手に取った。



「ちくしょー…」

「残念だったわね、乱馬くん。あかねとデートに行きたかったんでしょ?」

「……ぶっ!!」



熱い茶を思い切り噴き出して、あたふたと机を拭く乱馬を一瞥しながら、なびきはツリーを飾る手を休めない。



「…乱馬くん。時は金なり、よ?いい加減あかねもウンザリしてると思うわ」

「どういう意味だよ」



すかさず乱馬が食い付いてきた。

仕方がないから恋のキューピッドでもやってやるか、となびきはほくそ笑む。



「許婚なのに優柔不断で、手の一つも繋いでくれない。女なら誰だって見限るわよ」

「み、見限る…?」

「そう。あかねも言ってたわよ、乱馬くんの気持ちが分からないって。女心は移ろい易いものなんだから、ちゃんと捉まえておかないと誰かに取られちゃうわよ?」



乱馬がうっと押し黙った。

図星なだけに、言い返す言葉が無いのだ。



「そろそろキメちゃったほうがいいと思うけど。時間は待ってはくれないわよ」

「き、キメるってったってよ…」

「だから、コクるとか。なんらかの意思表示をしなさいって言ってんの」

「お、俺があかねに、こここ告白…!?」

「だって、ぶっちゃけ好きなんでしょ?あかねのこと」



乱馬の顔は完熟トマト並みに赤面している。

チクタク……秒針が無情に過ぎ行く中、ついに乱馬が、ほんの僅かに首を縦に振った。



「あ。初めて暴露したわね」

「う、うるせーっ!」

「大した進歩じゃない。でも問題は、本人に言えるかよね。まあ、とにかく……今日が正念場ってことよ」



そう言ってなびきは時計を見上げた。

あかねが台所に篭って三十分。



「男ならしっかりしなさいよ。やるって決めたらちゃんとやりなさい。分かった?」

「う……わ、わかった」



遂に乱馬が覚悟を決めた。

なびきは台所の音に耳を澄ませながらほくそ笑む。

もどかしい二人の関係も、そろそろ潮時なのだ。

ここは可愛い妹の為にもひと肌脱いでやるべきだろう。





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