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□全てが始まった瞬間に
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 少年は恋をした。相手は純粋な魔法族ではなかった。
 前途多難な恋路になることは目に見えて明らかだった。けれど障害があればあるほど燃え上がってしまうのは、どうにもできない人の性だった。
 あの頃の彼は若かった。
 若さゆえに、怖いもの知らずだった。
 だから彼女の、ハーマイオニー・グレンジャーの手を取って、彼は魔法界の果てまで逃げた。
 二人一緒ならば何でも出来ると思っていた。

 だが、辺境の地での蜜月は長くは持たなかった。
 しかるべき家柄の令嬢との婚約を反古にしてどこの馬の骨ともしれない娘と駆け落ちした息子に憤った彼の両親は、どうあっても二人を引き離し、息子を取りもどそうとした。
 絶大な権力を誇る父の圧力により、滞在していた町の人々が二人を無視するようになった。
 二人は孤立した。誰からも受け入れてはもらえず、町にはいられなくなった。
 それからはどこに流れ着いても同じだった。魔法省に通じる父の権力からは逃れられなかった。

 ある日、恋人が置き手紙を残して消えた。
 もう一緒には暮らせない、自分達はそれぞれの元いた場所に帰るべきだ、という内容だった。
 彼は恋人を捜した。三日三晩、必死になって箒にしがみつき、空を飛んだ。
 四日目の朝、体力の尽きた彼は乱気流に遭い、箒もろとも地上に墜落した。意識はそこで途切れた。
 目覚めてみると、そこは長年見慣れた彼の部屋だった。



 数年後、ダイアゴン横丁で彼女を見かけた。
 かつて全てを捨て去るほど恋した彼女は、濃紺のローブを着た小さな子供の手を引いていた。
 彼はその場に根を生やしたように立ち竦み、遠くからその親子を見つめた。
 心臓が高鳴った。
 遠目に見ても分かる。あの子はきっとーー

 彼は駆け出した。
 人の流れが行く手をさえぎる。それを無理矢理にかき分けて、愛する人の元へ急いだ。
 あと少しーーというところで足が止まった。

 手前の店から背の高い赤毛の魔法使いが出てきた。
 それに気付いた彼女は、笑顔になって子供と一緒に手を振る。
 赤毛の魔法使いは両手にアイスクリームを持っていた。しゃがんではしゃいでいる子供と目を合わせ、どれがいいか選ばせている。

 ふいに、彼女が彼の方を向いた。
 二人はほんのわずかな距離を隔てて見つめ合った。
 驚いて半開きになった彼女の口から、小さな呟きがこぼれ落ちた。何を言ったかはわからない。
 彼は子供に視線を移した。それからふたたび彼女の目を見た。
 彼女は目を伏せ、アイスクリームを舐める子供の頭を優しく撫でた。月のように美しいプラチナブロンドの髪だった。
「行こう、ハーマイオニー。ちょっと面白い店を見つけたんだ」
 赤毛の魔法使いはそんな彼女の様子は気にもとめず、道の向こうを指さした。子供がアイスクリームで口の周りを汚しながらにこにこしている。

 彼は踵を返した。
 このまま二人を連れ去ってしまいたい。くるおしいほどそう思った。
 けれど、それではきっと彼女を幸せにはできないだろう。

 ノクターン横丁に折れ曲がると、彼は闇に姿を消した。
 彼等が再会することは二度となかった。

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