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□3人目
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 朝から雪が降っていた。
 庭先の椿は霜に覆われ、軒にはつららが連なり、歩道はきんきんに凍りついている。
 夕飯の買い物から帰ってきたハクは、厳しい寒さに鼻先を赤くしていた。頭のてっぺんやジャケットの肩に白い雪が積もっていた。
「まいったね。大雪だ」
 台所で買ってきたものを袋から取り出しながら、ハクは肩を竦めた。千尋は冷蔵庫の中を吟味しながら、
「やっぱり積もってる?」
「うん。今朝雪かきしたばかりだけど、家の前ももうこんなに積もっていたよ」
 と、身体を屈めたついでに手で積雪の高さを示してみせる。それからふいに冷蔵庫の中をのぞき込む千尋を見て、眉根を寄せた。
「ところでそなたはここで何をしているのかな?」
「何って、夕飯のしたくをしようかと……」
 千尋が目を泳がせると、盛大な溜息が台所に響いた。ハクは手で顔を覆う。
「ーー何度も言っているのに。こういう立ち仕事は私がやると」
「で、でも、ごはんくらいはわたしが作らなきゃ!奥さんなんだし……」
 彼は言い訳がましい千尋の肩を宥めるようにそっと抱いた。
「気持ちは嬉しいよ。でも今は、出来る限り千尋の身体をいたわってあげたい。私の気持ちを分かってもらえるね?」
 千尋は頬を染め、うなずいた。ハクの眼差しがさらに和らぐ。
「努力せずとも、そなたはすでに充分過ぎるくらい良き妻だよ。毎日、こんなに私を幸せにしてくれる」
 すべらかな千尋の頬に、ハクはキスをした。緊張に思わず目を瞑る彼女を、負担がかからないようにそっと抱き上げる。
 浮遊感に驚き、千尋は目を開いた。
「さて。今から夕飯までの時間、千尋がするべき仕事はなにか分かる?」
 茶目っ気を覗かせるハク。千尋は照れ笑いながら、ふくらんだお腹に手を添えた。
「こたつで大人しくしていること?」
「それから?」
「それからねーーこの子に話しかけてあげること」

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