100 titles

□もう一度最初から
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 私は夜が好きだ。
 夜というのは一日の集大成。朝がゼロから始まるならば、夜は100に終わる。
 でも、丸一日かけて積み重ねたって、目が覚めて朝が来れば、どうせ全てリセットされてしまうけれど。
 それでもいい。
 何度崩れたって、また何度でも積み上げてみせる。
 どれほど虚しくても、そのほうがずっと幸せだった。
 彼女を失って、一人きりになるよりは。


「ハクの身体って、あたたかいのね」
 生まれたままの姿で、千尋は彼の胸に縋りついた。
 冷たい月光が差し込むベッドの中。
 情事の時の激しさをひそめた穏やかな微笑を浮かべ、ハクは彼女の白い背をなで上げる。
「千尋の身体こそ、柔らかくてあたたかくて、とても心地良いよ。離してしまうのが惜しいくらい」
 名残惜しむように額に口づける彼。
 千尋の頬は乙女のように淡く染まる。
「じゃあ、ずっとこうしていてくれる?ーーわたしも、ハクから離れたくない」
 だが答えは予想外のものだった。彼はそっと長い睫毛を伏せる。
「それは……できない」
「えっ、どうして?」
 甘い返事を期待していた千尋は、思わぬ事態に目を丸めた。

「私がいつまでも抱き締めていたくても、千尋、そなたが私から逃れてしまうから」

 そう告げるハクの声は少し掠れていた。睫毛が瞳に深い影を落とす。
 彼の言っていることがよく分からなかった。千尋は不思議そうな顔をした。
「わたしがハクから逃れる?それ、どういうこと?」
「今のそなたは知らなくても良いことだ。ーー朝が来るまでは」
 突き放すように言われて、千尋は唇を噛んだ。
「ハクはわたしを信じてくれないのね。好きと言っても、身体を許してもーー」
 彼に背を向けて、千尋は静かに泣き出した。
 慰めの言葉をもたない彼は、その背を黙って見つめることしかできない。

 こういうことなのだ。
 どんなに懸命に積み重ねても、夜明けには全て崩れ落ちる。
 ーー朝、目が覚めた時、そなたは私を覚えてはいないだろう。

 罰なのだ、これは。

 千尋は呪われた。
 ハクがトンネルの向こうへ帰る代償として、理不尽にまじないをかけられた。
 ーー彼女の記憶は一日しかもたない。
 一日をかけてどれほど懸命に愛を育もうとも、次の日には全てが水泡と帰す。
 思い出した過去すらも、朝になれば深い記憶の海へ沈む。

「夜が永遠に続けばいい。太陽が地の果てで燃え尽きてしまえばいい。ーー心の底からそう思うよ」
 そうなれば、朝までそなたを抱いていられるのに。

 泣き濡れる恋人を後ろから抱き締めて、疲れを覚えたハクは目を閉じた。
 積み重ねたものが崩れていく音が聞こえた。

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