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□武器を持って
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【武器を持って】



 平穏を取り戻したかに見えたタタラの村に、もののけ姫は突然現れた。
 姫の出現は惨禍の始まりの合図だった。
 人々は荒ぶる森の精霊達によって傷つけられ、村を追われた。
 村は荒らされ、踏みにじられ、破壊されたタタラ場は跡形もなく崩れ落ちた。
 東から流れ着いた若者は、その修羅の所業としか思えぬ有様に茫然とする。

「これは贖罪だ。神殺しと森殺しの罪に対する、これが貴様ら人間の受けるべき報いなのだ」

 土面の下でもののけ姫は冷酷に笑う。
 若者は業火に焼き尽くされる村を振り返り、痛ましさに顔を歪めた。
「なぜだ。そなたはこのような娘ではない。私の知るそなたは、決してーー」
 姫は素早く槍を構えた。その姿勢に容赦はない。
「黙れ。近寄るな、人間。一歩でも近寄れば、心臓を一突きする」
「サン」
「聞こえぬのか!ならばその耳に風穴を開けてくれる!」
 間一髪、槍が耳を掠めたところを、若者は後ろに飛びずさった。
 血の出る耳を押さえ、しとめられた子鹿のような目で若者は姫に向き直った。
 二人の間を粉塵と灰が飛び交ってゆく。
「もう、手遅れなのか」
「ああ、手遅れだ」
「歩み寄ることは、できないのか」
「できない。私は既に手を下してしまった」
 姫は再び槍を構えた。その手はかすかに震えていた。

「どちらかが滅びるまで、私達は戦うしかない。
 ーー森が残るか、人が残るか。
 私は森のために、命果てるまで戦い続ける。そう覚悟を決めたのだ」

 いつしか若者の頬を涙が伝い落ちていた。

「そなたの抱く恨みは、それほどまでに深いのか。
 ーー憐れな娘よ。
 確かに、人々は去った。村は消滅した。
 しかし、だからといって森が永久に栄えるとはかぎらない。
 それでもそなたは森のために、人を滅ぼす修羅になるというのか」

 姫は問いかけには答えず、山犬の背に跨がった。
 悲しくも美しい修羅は振り返らずに言った。

「去れ。そして二度とここへは戻るな。
 ーー次に会った時、今度こそ私達は敵同士だ」

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