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□どうか愛して
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【どうか愛して】



 少年は時折自己嫌悪に陥る傾向にあった。
 妖怪と人間、そのどちらにもなりきれない歯がゆさからであろう。
 半妖のわが身に嫌気が差し、鬱々と嫌悪感が高じると、やけに自嘲気味になる時があった。

「お前は己を好いているか?」
 何もかも見透かすような眼差しで見つめられ、少年はまごついた。
「なんでい、いきなり」
 美しく清らかな巫女は嘆息する。
「お前があまりに自分をないがしろにするものだから、つい気になっただけだ」
 天の邪鬼な少年は眉を逆立てる。
「けっ。俺はなあ、この中途半端な身体が大っ嫌いでい!んなこた、あえて聞かずとも分かるだろうがっ」
 全部知っているくせに。
 少年はへそを曲げ、巫女に背を向けた。
 そうか、とだけ巫女はつぶやき、口を閉ざした。
 掛けるべき言葉が見つからないようだった。


 五十年後、同じことを聞いてきた娘がいた。
 あの時と同じ答えを少年は繰り返した。
 が、今度はひどく怒られてしまった。
「ふざけんじゃないわよ!」
 娘は喜怒哀楽のはげしい女だった。よく笑い、よく怒った。
 あの巫女の転生した姿だというのに、内面はまるで別人だった。
「あんたを産んでくれたお母さんは、どんな思いであんたを育てたと思う?
 自分のことが嫌いだなんて言ってるあんたを見て、お母さんがどう思うか考えたことがある?
 きっと悲しむわよ。泣くわよ。
 自分に失望させるために、お母さんはあんたを産んだんじゃないんだから!」
 胸倉をつかまれて揺さぶられた。
 本気で怒鳴られた。
 しまいには連続おすわり攻撃ときた。
 少年は、地面に自分の墓穴を掘ったようにめり込んだ。
 でもそれを理不尽だとは思わなかった。

 本当はずっと誰かに言ってほしかった。
 自分が思っているほど、自分は嫌なことだらけな存在ではないのだと。
 妖怪か人間か、どちらかを選ぶ必要はなく、自分は自分の、この半妖の姿のままでいいのだと。

「人を愛するには、まず自分を愛せるようにならなくてはいけませんよ」

 遠い日の母の教えが耳元によみがえった。

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