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□入れ替わる現実
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【入れ替わる現実】 ※注意



 初めての相手を思い出していた。
 裕福ではないが、心の豊かな人だった。ささやかな婚儀を挙げた初夜、夫となった彼はどこまでも彼女をいたわってくれた。
 男を知らなかった彼女にとっては未知の夜だったが、彼のおかげで女に生まれた喜びを知った。
 早くこの人の子を授かりたい。子宝の神にそう願った。

 かつて夫だった人は、こんな風に無理矢理彼女を抱くことはなかった。
 それはこの男が人ではなく妖怪だからだろうか。
 息も絶え絶えになっている彼女に覆い被さり、執拗に愛撫を繰り返す彼。内股を撫でる手付きが、おさまりきらない情欲を知らせてくる。
 子を懐妊したと分かってからも、彼の行為に容赦はなかった。
 まだ薄い下腹に彼女は手を添える。犯されてできた子でも、情はあった。
「お腹の子に障ります。どうか、今夜はもうーー」
 子をいたわり懇願する彼女を金の瞳が見下ろした。
「そのようなか弱い子ならば、私の子ではない」
 遠慮のない物言いに彼女は少なからず傷ついた。
「なら、あなたの子ではないのかもしれません」
「それはない。匂いで分かる」
 彼は彼女の下腹に耳を当てて、目を閉じた。
 彼女は不可解でならなかった。こうしてひどい言い方をするのに、決して腹の子が憎いわけではないようなのだ。
 一体何を考えているのだろう。わけが分からなかった。

「お前と私の血が混じり合った匂い。それが、この腹の子の匂いだ」

 私は妖怪と血を交えてしまった。もう二度と、人の世に帰ることはできないのかもしれない。

 優しかった夫とのつかの間の蜜月は、遠い追憶となって消えた。

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