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□電気信号
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【電気信号】
ご臨終です、と傍らで医者が言った。
波長を刻むはずの心電図が、まっすぐな直線を示している。
「死ぬわけがない」
ベッドに横たわる彼女を見下ろしながら、一言つぶやくと、黙祷を捧げていた医者が憐れみの視線を向けてきた。
「それがごく自然な反応ですよ。身近な人の死を受け入れるには、時が必要ですから……」
「だから言ってるだろう。彼女は死んでいないと」
強く言い返したところ、悲しみのあまり意固地を張っていると思ったのだろう。最後の別れをと、医者は看護師を引き連れて病室を去った。
二人きりになる。
待っても待っても、心電図はまだ動かない。
「そろそろ、目を開けてもいいんじゃないか」
前髪をかきあげて額に触れる。白くて冷たい。
「目を開けてくれ」
固く閉じられた目蓋はぴくりともしない。
冷や水を浴びたように、急速に身体が冷えてくる。
「頼む、真宮桜ーー」
祈りを捧げるように手を握る。
少しずつ動き始めた電子音。
その手がかすかな力で握り返されるーー。
人はいつか死ぬものだ。死神だからそんなことは分かっている。それは受け入れなければいけないことなのだと。
けれど例外だってある。おばあちゃんが死に際のおじいちゃんを見いだしたように、死神が私情で決まりをねじ曲げることはあるのだ。
真宮桜が死の淵をさまよっている間、彼女の命数が記された帳簿を盗み出して、寿命を書き足した。途方もない対価を支払って。
だから死ぬはずがない。息を吹き返さないわけがなかった。
「お別れだ、真宮桜」
握りしめた手を離すと、彼女の瞳が揺れた。
「そんな目をするな。大丈夫だから」
運が良ければまた会える。もし無理なら、来世できっと。
もう二度と死神にも人間にも生まれ変わることを許されない自分を、彼女が見いだすことはないだろうけれど。
「早く元気になるんだ。いいな」
どんな姿になっても後悔はしない。