dedicates

□消えたピッグテイル
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あのおさげはトレードマークの筈だった。

それなのに今、乱馬の後頭部にはもうあのおさげがない。



「─…ねえ。乱馬、なんで三つ編みやめちゃったのよ」



ん?と汗を拭きながら振り返る乱馬の髪。

今は耳より少しだけ下のところでさらさらと揺れている。

寂しい、何か足りない。

何だか言いようのない喪失感に見舞われていたあたしをじっと見据えて、乱馬は自分の毛先に触った。



「別に、伸ばしてる意味も無かったし」

「でも今までずっと長かったんでしょ?どうしてまた急に」

「あったほうが良かったか?」



おどけて言う乱馬には、どこか確信を避けているような様子があった。

あたしはどっちだって関係ないから、そう言って目を逸らして俯く。

関係なくなんかない。

ただ、寂しい。

いつの間にか乱馬が近づいて来てて、目の前に立った。

中国靴のつま先をじっと無心に見下ろす。



「乱馬が切っちゃったから、あたしは伸ばそうかな」

「何でだよ?別に今のままでいいじゃねーか」

「でも、何ていうか……寂しいじゃない」

「寂しい?」



あたしは自分の髪に触れてみる。

大学生になった今でも、ショートヘアは変わらない。

無意識のうちに変えようとしていなかった。

その理由が今、わかった。

どうしても変えたくなかったものがあったからだ。



「─…乱馬がおさげで、あたしがショートで。そんな毎日だったじゃない。それが変わっちゃいそうな気がするの」

「なんだ、随分感傷的だなぁ」

「その、うまく言えないけど、何ていうか…とにかく寂しいような…」



何だか気恥ずかしくなって、ちらりと乱馬の表情を盗み見る。

──笑いを押し殺しているような顔。

なに、なにがおかしいのよ、と頬を膨らませると、乱馬が笑いながらあたしの頭に手を乗せた。

その仕草が何だか妙に大人びていて。



「鈍いおめーでも、鋭いとこ突いてくるよ」

「…え?どういうこと?」



乱馬がこんなに大人びているわけがない。

そう思って顔を上げて、あたしは思わずはっと息を竦ませた。

あたしの頭二つ分は優位に越える身長、がっちりとした体格、低い声。

あたしの目の前にいる男の子は、もう「少年」じゃなかった。

いつのまに、乱馬はこんなにも明らかに「少年」を脱却しようとしていたんだろう?



「おめーもあと少しでハタチだろ。だからけじめというか、そんなもんだ」

「あたしが二十歳になるからって、あんたの髪型がどう関係するのよ。ねえ、はっきり教えて」



言いながらあたしは、自分が妙に幼稚に思えてきてしょうがなかった。

欲しいおもちゃが目の前にあるのに与えられなくて、駄々をこねる子供みたい。

乱馬があたしを宥めるみたいに笑っている。



「まだ言わねーよ。おめーもハタチになるまではな」



もう一度、ぽんっと頭を撫でられて、それから乱馬の手が離れていった。

ぽかんとした表情のあたしの顔を屈んで覗き込んで、また乱馬が吹き出す。



「こっ、子供扱いしないでっ!」

「子供だなんて思ってねーよ。おめーももうすぐハタチなんだからな」



乱馬は一瞬、妙に熱心にじっとあたしを見た。

何よ、あたし、何か変なの?

居心地が悪くなって自分の出で立ちを確認するけれど、とくに変わったところはない。



「おさげ解いたからってそう簡単には変わんねーよ。……でもな、どうしても変えなくちゃいけねえこともある」











乱馬はきっともうおさげを結わうことはないんだろう。

乱馬は大きな覚悟を秘めて、あのおさげを切ったんだ。

そのことにあたしがようやく気が付いたのは、数日後、あたしが二十歳の誕生日を迎えた日。



「あかね。俺と、結婚してくれ」



──幼かったあたし達は、あの消えたおさげと共に、永遠に。







end.
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五万打・MIKOTO様
(最初はシリアスで最後は甘いお話)

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