dedicates

□角砂糖なら要らない
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彼はとても寒がりだ。

冬にインドア派であることは火を見るより明らかだし、暖房をフル活用している部屋の中ですら、こうしてラットか何かの如く縮こまっているのだから。



「寒い寒い、もっと温度上げて」

「これ以上上げたら私が暑いんですけど…」



こたつに包まっている上にヒーターの目の前にいるくせによく言う。

普通の体感温度を以てすれば、この部屋は決して寒くなどない。

むしろ暑い。

私は着ていたパーカーを脱いで、こたつの反対側に座する彼に放り投げた。



「それでも着ててくださいよ」

「何。君は寒くないの?」

「秋山さんの新陳代謝が悪すぎるんじゃないですか…?」



こたつからじわりと熱気がしみとおって、上へ上へと上がってくる。

迸るような熱気に、私は長く息をついて火照る頬を机にぴたりと密着させた。

木製のそれの熱気に侵食されていない冷たさが心地良い。



「…冷たいものが飲みたいです。秋山さん、持ってきてください」

「しょうがないな」



渋々、といった様子で台所に向かう彼の鈍行歩行を追いながらも、私は頬の冷気に感じ入るように目を閉じた。

視覚を遮断すると、聴覚が自然と研ぎ澄まされる。

―…これは、戸棚からグラスを出す音。

冷蔵庫を開ける、飲み物を出す、冷蔵庫を閉める、グラスに注ぐ。

近付いてくる足音。

ことり、顔のすぐ側で微かな震動を感じた。



「アイスカフェオレにした。君、腹壊さない?」

「大丈夫ですよ。秋山さん、角砂糖持って来てください。多分お砂糖はきらしてるんで」



鋭敏になった聴覚は、彼がふふ、と笑う微かな音を拾った。



「冷たいから溶けないんじゃない?」

「いいんです、別に。潰しますから」

「…その部分だけ聞くと怖いな」



おどけたように言うと、彼は隣に腰を下ろしてこたつに入って来た。



「座らないでくださいよ。お砂糖持って来てください」

「それ、十分甘いと思うけどね」

「私は甘党なんですよ。―…って、何ですか!?」



机にだらしなく寝そべっていると、突然がばりと後ろから抱き寄せられて、私はじたばたと抵抗を試みた。

抱き寄せられて、というより羽交い締めに近い。

抵抗をものともせずに、彼がまたしてもさも愉快気に笑う。



「うるさいから、動物一匹捕獲した」

「捕獲って…。秋山さんに捕獲されちゃったら一巻の終わりですよ…」

「何?なんで俺に捕獲されたら終わりなの?」



愉しそうにからかうその口調が腹立たしいやら気恥ずかしいやらで、思わず黙り込む。

耳元がくすぐったいから喋らないでほしい。

でもそう言ったが最後、きっと降参するまで耳元で囁き続けられてしまうのだろう。

無邪気な天の邪鬼。



「…もういいですよ。自分で取ってきますから」

「そんなに甘くしたいの?」

「一度こうしたいって決めたら譲れない気質なんです。放してください」

「やだ。君あったかいし、湯たんぽみたいだから」



首筋に硬質な髪の毛先が当たってくすぐったい。

放してください、やだ、の一点張りの応酬を続けながら、お腹やら耳やら首筋やらがくすぐったくて身を捩り続けていると、急にぐりっと頭を引かれて後ろに仰け反ってしまった。



「な、なにするんですかっ!」

「そんなにほしいなら、ほら」



仰向けに天井を仰いでいたかと思ったら、彼の悪戯気な顔が不意ににょきりと覗いて、クリーム色の天井を塞いだ。

しばらく視線が交わったまま、時計の秒針の進む音だけを聞いていた。

一度、二度、瞬きをする彼。

ふふ、とまたしても笑う息遣い。



「…言われるかと思って、もう持ってきてた」



ぽかんと開いた私の唇の隙間に上手いことその角砂糖を乗せて、彼が満足げに目を細めた。

─…キス、されるかと思った…。

頬を紅潮させた私を見下ろして、全てを見透かしているような得意げな表情の彼を、ただ茫然と振り仰ぐ。



「─…もしかして、砂糖じゃないほうがよかった?」



その危うげな囁きに、私ははっと我に返って、こたつから避難するように素早く脱出した。

そのつもりじゃなかったのに、角砂糖が口の中に入り、かりっと音を立てて崩壊する。



「あ、甘っ!」

「あれ?甘いのが好きだと思ってたのにな」



楽しそうに笑う彼を見下ろしていた。

こんな笑顔を見せてくれるようになったのは、本当につい最近になってからのこと。

その笑顔の恩恵に与かることのできる私がどれ程の幸福を噛み締めているのか、彼は自覚しているのだろうか。



「もっと持ってきてあげようか?砂糖」

「も、もう要りませんっ!あ、だから要らないんですってば…!」



笑って、笑って、幸せそうな彼の表情を、沢山積み重ねていけたらいい。

悪戯っ子のようなそんな表情も、真剣そうに考え込む表情も、全部重ねて掛け替えのない思い出にするから。



仕返しとばかりに角砂糖を口に含まされた彼が、甘さに眉を下げるその表情に、私もまた笑いが止まらなくなってしまった。






end.
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五万打・さき様
(同居している設定の甘々)

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