dedicates
□落とした羅針盤
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汚れた手で手折った花は、儚くもなおいっそう美しい。
くたりと頭を擡げていても、それでも。
……そう思う自分は、既に何かが壊れてしまっているのだろうか。
「直。俺は君がいなくなったら、生きていけないかもしれない」
なだらかな背の曲線を、爪で優しくなぞる。
震えている、身を竦めている、爪から伝わる感覚。
君は怖いんだろうか?
怖いことなんて何も無いのに、なんて滑稽なんだろう。
「俺にはもう君しかいないんだ。…分かってくれる?」
自然と、腰を引き寄せる指先に力が篭り、君の目にまた怯えが過ぎった。
小さく震える唇を見下ろしながら、なるべく甘く、優しく、笑ってみる。
優しいお兄さん、そのマスクを剥がした後にも、その居るはずのない架空の人物に成り切ろうとする自分。
こうすれば恐怖を解いてくれるかと思った。
……けれど、そんな子供騙しももう、功を奏さない。
「…どうして…?私、秋山さんのこと信じてたのに…」
最初から、優しいお兄さんなんて存在しなかったんだよ。
笑い顔を見せたところで、それは所詮益々恐怖心を煽るだけ。
さあ、早く気付いて。
……君が見ていたのは、ただの幻影だ。
「…秋山さんがこんなことをするなんて、私…こんなの、秋山さんらしくな…」
「『俺らしくない』?」
くぐもったように、喉元で笑う。
腹の底から笑うことなんて出来なくなっていた。
俺はまともに笑わない。
笑い方が、分からない。
俺らしいって何だ?
今までの冷静沈着な男のことか?
だったら生憎、あいつはもう死んだよ。
もう二度と、戻ってなんか来ない。
─…だって俺が殺したんだから。
「好きだよ、直。好きで好きで、もう頭がおかしくなりそうだ」
好きだという言葉が甘いものだという先入観に囚われているから、君は今の俺を恐れているんだろう。
だったら、見せてやるよ。
その言葉の裏にある狂気というものを。
取り落して、砕けた羅針盤は、もう元には戻らない。
行くべき道をいつも的確に示してくれた羅針盤は、もう無い。
俺が壊した。
俺が使えなくした。
二度と正しい方向なんて見据えることは出来なくなってしまった。
行先は破滅か、はたまた絶望か。
分かりはしないけれど、壊れたままに走り出す。
君を、道連れにして。
end.
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五万打・あゆ様
(少しヤンデレな秋山で甘切)