dedicates
□慰めのダンデライオン
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「あ、そこにいた!あかねー。彼、来てるよー!」
友人の一人に声を掛けられ、シャープペンシルを片手に何やら思案顔だったあかねが、文字の羅列から目を離して顔を上げた。
図書館の窓際の席に座して課題に取り組んでいたあかねだったが、友人がにやけた顔で窓の外を指差した時、小さく肩を竦めて視線を窓の向こうに送る。
校門の柱に背を凭れていた青年と目が合った。
図書館は二階に在る上にその位置からは大分離れているのだが、絶対に目が合ったとあかねは確信していた。
その証拠に、目が合うと、青年がにっこりと笑って手を振ってくる。
あかねも思わずつられて笑顔になり、小さく控え目に右手を振った。
「まったく。おあついカップルねえ」
「もうっ、からかわないでよ」
「でもうらやましいなあ。毎日ああやってお迎えに来てくれる彼氏なんてさ」
「あたしはいいって言ってるんだけどね…」
プリントやテキストを鞄に仕舞いながら、あかねは少しだけ照れくさそうに微笑んだ。
肩口で少しだけウエーブのかかった髪が揺れる。
「あ。でも、もう『彼氏』じゃないわよね」
「え?」
「だって、もう『婚約者』になったわけでしょ?正式に」
あかねは肩を竦めてはにかんだような微笑みを浮かべる。
照れた時の彼女の癖なのだ。
「二十歳の誕生日にプロポーズされたんでしょ?いいなあ、ロマンチックよねえ」
「乱馬にロマンチックなんて言葉、合わないわよ」
最後のテキストを持ち上げた時、ふと何かが床に舞い降りて、あかねは視線を落とした。
図書館の緋色のカーペットの上に、てのひらサイズの縦長の紙が落ちている。
あかねは身を屈めてそれを拾った。
彼女がずっと愛用している、手作りの黄色いタンポポの栞だった。
「いけない。無くしちゃうところだったわね」
元来ものを大切にする性質のあかねだったが、この栞には特に愛着があった。
その当時のことを思い返しながら、思わずくすりと笑みを零して、時が経ってもなお色を保ち続けるタンポポにフィルム越しにそっと触れた。
──…その時。
「─…え?なに、これ?」
タンポポに触れた指先から、唐突に眩いほどの光が発せられ、あかねは思わずかたく目を閉じた。
図書館の静けさとは打って変わって、突然に喧しいほどの喧騒が少しずつ大きくなりながら耳に入ってくる。
話し声、笑い声、机や椅子の脚が床を擦る音──…。
「─…かね、…あかね!」
肩に触れた手の感触とその呼び掛ける声に、あかねははっと顔を上げて目を見開いた。
懐かしい光景が、眼前に広がっていた。
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