liar game
□宇宙の審判
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──古典音楽の曲名より
小さな惑星たちがゆったりと頭上を飛び交っていた。
感じる空気は、どこかひやりとしているようでもある。
足元を見て初めて、直は自分が小さな小さな星の上に危なっかしげに立っていたことを知った。
見下ろすと真っ暗な、果てのない空間が眼下に拡がっている。まるで、彼女の身体が落ちてゆくことを待っているかのように。
恐怖が飛沫の如く襲い掛かってきて、直の身体が震えた。
…落ちたらどうなる。戻ってこれるだろうか。
危なっかしげに均衡を保ちながら、喉元にせり上がってくるような恐怖を必死で飲み込む。
「直?なんでそんな所にいるの?」
唐突に聞こえてきたよく知る声に、はっと顔を上げてみると、少し離れたところに全身黒ずくめの秋山が微笑みながら立っていた。
秋山の足元には何もない。彼は、何もないところに、立っていた。
いつものようにポケットに手を突っ込み、バランスを取ることもせずに。
「あ、秋山さん…!危ないです、落ちちゃいますよ…!!」
「落ちる?大丈夫だよ、ここは」
「でも、でも下が…!!」
星の行き交う清閑とした空間のなかで、秋山は笑いながら直に向かって手を伸ばした。
「ほら、こっちにおいで。直」
「でも、でも怖くて…」
「大丈夫、落ちたりなんかしないよ。おいで、俺がいるから」
直はもうひとたび眼下を見遣った。
落ち行く星たちを飲み込む不気味な黒い空間は、先程よりもまた拡大しているような気がした。
ごくり、と嚥下して、直は秋山を見据える。
秋山が微笑んだままゆっくりと頷く。
「ほ、本当に…そっちに行けば落ちないんですね?」
「大丈夫。信じて、俺のこと」
両手を差し伸べる秋山。
直はもう一度嚥下すると、震える足を叱咤してバネのように勢いを付け、……飛んだ。
秋山のもとに、放物線上に従って近づきつつある直の身体。
しかし、辿り着く寸前になって。
……秋山が、消えた。
「あ、ああああっ!!!」
受け止めてくれる存在を失った直の身体は、そのまま真っ逆さまに落ちてゆく。
落ちる、落ちる。
真っ暗な、闇の中へと。
「秋山さんっ!!秋山さん、助けて!!いやぁ!!」
「……直!!」
突然、確かな温もりに包まれて、直ははっと目を開けた。同時に冷や汗と涙が、妙にリアルに顔中を滴り落ちる。
困惑した表情の秋山が、その顔を覗き込んでいた。
「どうした…?すごく魘されてたようだけど…」
「…っ、うっ…」
後から後から止めどなく涙が溢れ、直は秋山のシャツに顔を埋めて嗚咽を漏らした。
状況が呑み込めずに惑いながらも、秋山は直の頭を撫でる。
「…怖い夢でも見た?」
「…、秋山さんが、消えちゃって…それで、それで…」
「……」
「…真っ暗なところに落ちて…」
刹那、秋山が、直の身体を抱き寄せた。きつく、きつく。息もつけぬ程に。
「…大丈夫だから。それはただの夢だ」
「…ゆ、め…」
「そう、夢だ。もうどこにも落ちたりなんかしないよ」
「…そう、ですよね……秋山さんも…」
赤子をあやすように、ぽん、ぽんと背を叩いてやれば、腕の中の少女が再び微睡み始めたのを秋山は感じ取った。
まだ頬に残る涙の跡を指で辿りながら、秋山は嘆息し、直の髪に顔を埋める。
「……予知夢、ってやつ…なのか?」
密やかで物悲しい囁きは、眠る少女の耳には入らない。
end.