liar game

□始まりは、終わりの始まり
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「だってそうだろう?終わりないものなんて存在しないんだから」

「そうですか…。それで、遠回しに私とのことも終わりにしたい、っていうことですね」


 始まりは、終わりの始まりなんだよ。そう言えば直は困ったように、憔悴しきった顔で笑った。秋山が言い含めたニュアンスまで機敏にも嗅ぎ取って。


「あの日あの場所で君と出逢ったことが、既に終わりの始まりだったのさ」

「……」

「わかる?始まりなんて、どうせ虚しいものだ」


 いや、この「始まり」に限ってじゃない。全てのことにおいて、だ。この世のものは全て虚しい。行く末が破滅だと始まった瞬間にわかるからこそ、全てのものは、虚無なのだ。

 秋山は直の頭に手を伸ばそうとして、その手を自分の体の横に下ろした。直が、その顔に怒りの表情をありありと浮かべていた。初めて見たその表情に、秋山はしばし言葉を失う。


「…秋山さん、あなたは…何もわかっていません」

「…直、」

「秋山さんは今、私と出逢ったこと自体が虚しいと言ったようなものです。私との時間も…全て、虚しいだけだったと…」


 乾いた音がして、秋山の頬にひりひりとした痛みが走った。唇を噛みながら、直が秋山を睨みづけている。頬よりも痛む心臓を抑え付けて、秋山はずるずると螺子の止まった人形のように力なくその場に蹲(うずくま)った。


「…あ、秋山さんは、私なんかと出逢いたくなかったんですか!?」

「…違、」

「そうやっていつも虚しい、虚しいと思いながら、無理矢理私の隣にいたんですか!?」

「違うっ!!」


 今度は直が、ふらふらと力なくその場に蹲った。上半身を支える気力すらないほどに憔悴しきった自分たち二人の姿に、ああ自分は一体何をやっているのだろうと秋山はほぞを噛む。


「違うんだ、直…そんなこと、一度だって考えたことはない!ただ、俺が君のそばにいることが罪なんだ…こんな、君にとって害にしかならない男が…」
 
「害だなんて、そんなこと言わないでください…!」

「だって本当のことだろう!?俺は君から離れるべきなんだ!俺は、俺は…だからあの時から終わりしか見えていなかったんだ…っ!!」


 直は必死の秋山の様子に、一瞬言葉を失った。こうして彼が自分の本心を熱く打ち明けることなど、皆無に等しいのだ。

 眉を顰め、身を乗り出さんばかりに切実な思いを直に訴えかけてくる秋山のその姿こそが、彼の無表情に隠された本当の姿なのかもしれないと、直は思わざるを得なかった。


「…じゃあ、終われば何かが始まるんですか?私達…」

「…俺は…」

「私は、そうは思いません。…ねえ、秋山さん。自己完結しないでくださいよ」


 直が秋山の手をそっと取った。真っ直ぐな瞳で、闇を窶した秋山の瞳を覗き込む。自分の瞳に映ることを恐れる、その男の瞳を。

 
「…いい機会ですから、本心を打ち明け合いませんか?今回は、嘘はなしですよ。そうしたら、何か…何か変われると思うんです。私達」


 一人で抱え込まないでほしい。その訴えを、秋山は心の奥底で受け止めた。今ここで切ってしまうには忍びない彼女と自分をつなぐ糸。

 手繰り寄せても、いいだろうか。原石のように美しい瞳には、ありありと、許諾の色が浮かんでいて。そのことにどうしようもなく安堵している自分に、秋山は初めて気付かされた。


「…ああ、そうだね。そうしようか」


 意志薄弱な奴だ、と自身を呪う気持ちが無くはない。それでもまたその糸を、掴んでしまった。結局離れられないのは自分の方なのだ。

 


end.

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