liar game

□カヴァレリア・ルスティカーナ
1ページ/1ページ

――古典音楽の曲名より


「最近、クラシック音楽に凝ってるんです」


 そう言う神崎直の部屋には、成程ひそやかなクラシックがゆったりと流れている。音源に視線を流しながら、秋山はコーヒーカップを傾けた。


「確かに悪くないよな。読書の時にはこういう静かな音楽がいい」

「そうですよね。なんだか心が休まるような気がして」

「心理学的にも良いらしいよ。精神の安定剤になるらしいから」

「そうなんですか?でも本当に、なんだかいつもより感傷的になれて落ち着くんですよね」


 机に肘をついて大学の課題に目を落としていた直は、「コーヒーのお代わりいれてきますね」と言って立ち上がる。

 同時に、曲が終わった。そして始まった新しい曲は、秋山の耳にも覚えのあるものだった。


「…これって」


 秋山の脳裏に、懐かしい風景が浮かぶ。昔、この曲が下校時間に流れていたような気がする。夕日に染まる空の教室、静かな帰り道。誰もいない家。淡く儚く、そして何処か物悲しい記憶。

 いつの間にか戻ってきた直が、机にコーヒーマグをことりと置いた。


「カヴァレリア・ルスティカーナの間奏曲です。何だか…心に染み入りますよね」

「…そんな曲名だったのか」


 秋山は直に視線を移した。コンポを見詰める直の長い下睫毛が、光を受けて煌めく雫に濡れていた。感じ入るように、目を緩やかに細める直の姿。

 何故だろう。涙こそ零れはしなかったが、秋山は自分の目頭も心なしか熱く感じられた。音楽で感傷的な気分に浸ったことなど、今まで無かった筈なのに。

 夕方の、物寂しい感傷。ああ、今日も一日が終わってしまった、と何処か物悲しく思った少年時代。直を見ていると素直にあの頃に戻れた。まだまだ幼かった、あの頃に。


「田舎の騎士道、っていう意味なんですって」

「…田舎の騎士道、か」

「この曲を聴くと、なんだか無性に泣きたくなります」


 直は秋山の肩に頭を乗せた。秋山は視線を傾けて一瞥すると、その頭を優しく慈しむようにして撫でる。


「…君といると、色々なものが戻ってくるような気がするよ。どこかに置いてきたようなものが」


 何処か物悲しい旋律は、二人が顔を見合わせて緩やかに微笑み合うと同時に、徐々にテンポを落としてゆき、そして静かに空気に溶けるようにして消えていった。




end.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ