liar game
□カヴァレリア・ルスティカーナ
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――古典音楽の曲名より
「最近、クラシック音楽に凝ってるんです」
そう言う神崎直の部屋には、成程ひそやかなクラシックがゆったりと流れている。音源に視線を流しながら、秋山はコーヒーカップを傾けた。
「確かに悪くないよな。読書の時にはこういう静かな音楽がいい」
「そうですよね。なんだか心が休まるような気がして」
「心理学的にも良いらしいよ。精神の安定剤になるらしいから」
「そうなんですか?でも本当に、なんだかいつもより感傷的になれて落ち着くんですよね」
机に肘をついて大学の課題に目を落としていた直は、「コーヒーのお代わりいれてきますね」と言って立ち上がる。
同時に、曲が終わった。そして始まった新しい曲は、秋山の耳にも覚えのあるものだった。
「…これって」
秋山の脳裏に、懐かしい風景が浮かぶ。昔、この曲が下校時間に流れていたような気がする。夕日に染まる空の教室、静かな帰り道。誰もいない家。淡く儚く、そして何処か物悲しい記憶。
いつの間にか戻ってきた直が、机にコーヒーマグをことりと置いた。
「カヴァレリア・ルスティカーナの間奏曲です。何だか…心に染み入りますよね」
「…そんな曲名だったのか」
秋山は直に視線を移した。コンポを見詰める直の長い下睫毛が、光を受けて煌めく雫に濡れていた。感じ入るように、目を緩やかに細める直の姿。
何故だろう。涙こそ零れはしなかったが、秋山は自分の目頭も心なしか熱く感じられた。音楽で感傷的な気分に浸ったことなど、今まで無かった筈なのに。
夕方の、物寂しい感傷。ああ、今日も一日が終わってしまった、と何処か物悲しく思った少年時代。直を見ていると素直にあの頃に戻れた。まだまだ幼かった、あの頃に。
「田舎の騎士道、っていう意味なんですって」
「…田舎の騎士道、か」
「この曲を聴くと、なんだか無性に泣きたくなります」
直は秋山の肩に頭を乗せた。秋山は視線を傾けて一瞥すると、その頭を優しく慈しむようにして撫でる。
「…君といると、色々なものが戻ってくるような気がするよ。どこかに置いてきたようなものが」
何処か物悲しい旋律は、二人が顔を見合わせて緩やかに微笑み合うと同時に、徐々にテンポを落としてゆき、そして静かに空気に溶けるようにして消えていった。
end.