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□目の前で閉じた扉
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 秋山が机に肘をついて本を読んでいると、弱弱しいインターホンの音が唐突に鳴った。蚊の鳴くようなその音は、安アパートに住まう者の苛立ちを煽る。

 ち、と秋山は小さく舌打ちした。来訪者は誰か、そんなことはわざわざ確認せずとも分かる。何しろこの家を訪ねてくる物好きなど、彼女しかいないのだから。

 一度目は無視した。二度目も、無視。三度目、四度目、五度目……さすがに居留守は無駄だと判断した秋山は、心なしか足音も荒く玄関へと向かった。


「秋山さーん!!いませんかー!?秋山さーーーん!!」


 傍迷惑なほど大きな声がドアの向こう側から聞こえ、秋山は一瞬びくりと肩を竦めた。ドアノブに伸ばした手が硬直する。

 …なんで、来るんだよ。なんで。来ないでくれって言っただろう。もう会いに来るな、って。


「秋山さーー…」

「……何の用だよ」


 勢いよくドアが開いたと同時に、ゴンッと何かが当たる鈍い音がして、ドアの向こうにいた彼女が…神崎直が、額を抑えて悶絶していた。

 その阿呆な光景に一瞬言葉に詰まった秋山だったが、はっと状況を思い返して眉を吊り上げる。


「…どうしてここに来た。もう来るなって言っただろう」

「いたぁ……って、秋山さん!!やっと開けてくれた!!」


 秋山の話などまるで聞こえていない直の様子に、秋山はこめかみを押さえて歎息した。


「…とにかく、帰れ」


 それだけ言うと、秋山は直の鼻先でバンッとドアを閉めた。がちゃり、と鍵がかかる。一連の動作を成し遂げると、秋山は頭を抱えてずるずるとドアを背にしゃがみ込んだ。

 きっと、彼女は呆然としてドアの向こうに突っ立っているんだろう。ずきずきと胸が痛む。こんな風に締め出すことはしたくなかった。


「…でも、仕方ないだろ…俺といても、あの子は不幸になるばかりだ…」


 何故それでもここに来るんだ。何故拒絶をものともしない。俺と関わって何のメリットがあるっていうんだ。

 感傷的な気分に浸っていると、しかしそんな雰囲気を蹴散らすように、ドアがドンドンドンッと激しく叩かれた。


「な、何だよっ」

「秋山さーーーん!!」


 背中に感じる振動に驚いて一歩ドアから離れた秋山の耳に、とてつもなく大きな声が侵入してくる。


「私、諦めませんからね!!秋山さんが私を受け入れてくれるまで、何度でもここに来ますーーー!!」


 …はあ?何だって?

 思わず腰の抜けたような恰好のままで硬直した秋山を出し抜いてやるとでも云うように、快活な声は続く。


「何回ドア閉めても無駄ですよーー!!私は、私は……っ」


 急に、快活だった彼女の声が風船が萎む様に小さくなっていった。一体どうしたんだろう。思わず立ち上がって、ドアに耳を付けてしまう。


「……秋山さんのこと、好きですから…諦めません…」


 それから先は、もう擬似的な自制心は何の役にも立たなかった。気が付けばドアノブを回して、彼女を引きずり込んで、腕の中に収めていた。
 
 結局、君と離れるなんて無謀な試みだったんだよな。

 快活さを取り戻した直が、ばつが悪そうに顔を逸らす秋山を見上げて盛大に笑い声をあげた。




end.

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