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□疾走
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平生滅多に事を急いたり焦ることのない自分が、あの神崎直のために何度冷や汗流しながら疾走したことだろう。
苦境に陥って泣いている彼女を放っては置けずに、一刻も早く駆けつけて助けてやらないと、と自分自身を急かすものは、一体何なのか。
「ピンチの時にはいつも秋山さんが助けに来てくれましたよね」
「……ああ」
庇護下に置いておかないと不安だ。そう思ったのは何時のことだったのか。
それなのに彼女はいつも自分の目の届くところにいてくれようとしない。隙あらば飛び出して行ってしまう、この手から擦り抜けていくように。
「君はどうして自ら危険に飛び込んでいこうとするんだ」
「だって、誰かが苦しんでいるのを見たくないから…」
「それで自分が苛まれることは厭わないのか」
「…いいんです。その代わりに誰かが笑ってくれれば」
それが彼女の本質。自分が何を言おうと恐らく、いや確実に不変のもの。自己犠牲を高尚なこととは思えない、それでも。
「…安心しろ。君が危険な目に遭ったら、俺が必ず助けに行くから」
頑強な守りの中にあってほしい。そう願っても、彼女の素直で真っ直ぐな心はそれを否定して飛び出してゆく。
それでもいいだろう。仕方がない。そんな時には、俺が何度でも彼女の元へと走ればいいのだから。
end.