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□遠く遠く、遥か彼方まで
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 夏祭りの雑踏のなかでふと、千尋はひとつの小さな出店に魅入られるように足を止めた。

 子供向けの色とりどりの風船達が、ふわふわと風に揺られている。ひとつ、またひとつ、はしゃぐ子供達の紅葉のようなてのひらに繋がれるのを待ち侘びながら。

 ふらりと足が勝手に動いて、千尋は吸い寄せられるようにその風船屋の出店に近づいてゆく。


 「…あの、」

 「いらっしゃいませ。お姉さんもどれかいりませんか?」

 「あ、えっと…」


 愛想の良い売り子に推されて、千尋はついゆらゆらと風に揺れる風船達に視線を泳がせる。

 一瞬ぼうっとした表情で空を見上げた千尋に、売り子は首を傾げる。


 「…じゃあ、この白いのもらえますか?」

 「あ、はい。ありがとうございました」


 いびつな形をした白い風船を敢えて選んだ千尋に、それでも店員は営業スマイルを向ける。

 千尋はおそらく雲を模しただろうその風船を風に揺らしながら、また雑踏のなかへと紛れ込んで行った。


 「あなたはいいね、空に行けて」


 青空の見えるベンチに腰掛けて、千尋は羨望の眼差しを白い風船に向ける。


 「わたしみたいに地に足着いてなくてもいいじゃない。うらやましい」


 ふう、と息をついて、千尋は空を見上げる。風船とよく似た形をした雲たちが浮遊する空。

 ――彼となら、行けたのに。


 「いつ来てくれる?…ハク」


 あの日白い竜が、雲のなかを颯爽と飛翔した。千尋も一緒だった。あの雲のなかの冷たさ、空の開放感。

 彼だからこそ成せた業。今でも憧れの、優しくてきれいな彼。


 「やっぱり逢いたいなあ」


 彼のことを考えるだけで、足は地を離れ、あの日彼と駆け抜けた空へと戻れるような気がする。

 叫びたくなるような、泣きたくなるような開放感とともに、打ち寄せてくる想い。


 「…あなたは還ったほうがいいね」


 くすりと微笑むと、千尋は風船の糸を手放した。上へ上へ、のぼってゆくそれを、眩しげに目を細めて見上げる。

 あの風船は雲と解け合うのがいい。大好きな空で浮かんでいてほしい。


 「……また、ね」


 それは風船に?

 それとも、彼に?

 …きっと『両方』に。









 遠く遠く、遥か彼方まで飛んでいきな。


 そして、彼に伝えてほしい。


 あなたに託した、この想いを。





end.

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