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□沈んだ世界
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心地よいせせらぎの音に耳を擽られ、あかねはうっすらと瞼を押し上げた。
水の香りがする、どこかひんやりとした場所。
ゆっくりと身を起こすと、そこが見覚えのない場所であることがわかる。自分はベッドで眠ったはずなのに、何故こんな河原にいるのだろう。
「…ここ、どこ?」
あかねはぼんやりと霞がかった辺りの景色に目を凝らす。不明瞭で、不確かで、不安な世界。
けれどそんな空気が、どこかあかねには心地良かった。自分の存在すらもどこか不明瞭に、不確かに、不安しにしてくれる、そんな空気が。
あかねは立ち上がると、のろのろと川辺を沿って歩きはじめた。素足に丸まった石の感触が心地よい。裸足で歩くと、心すら裸になれるような気がした。
ふと、ぼんやりとした目で前方を見ていたあかねの歩みが止まる。
霞がかった景色の中にうっすらと、人影が見えたのだ。どきりと胸が高鳴る。あかねはその影に向かって小走りに向かった。
霞が晴れ、影が少しずつ明瞭になってゆく。その影は、その人物は…
「乱馬っ!!!」
あかねは白い衣をはためかせて、石に足を取られて躓いてもなお走り続けた。
呼ばれて振り返った河原に座する白装束を着たおさげの少年は…、乱馬は、あかねの姿を捉えてはっと目を見開く。
「あ、あかね!!!」
乱馬も立ち上がると、あかねに向かって駆け出した。あかねは汗と涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、必死に手を伸ばす。
その手を、乱馬が、力強く引いた。
「…馬鹿、なんでこんなところに…っ」
「乱馬!!乱馬、乱馬ぁ…っ!!」
あかねは乱馬の胸の中に飛び込むと、狂ったように彼の名を呼び求めた。そして乱馬の背に手を回し、その感触を確かめる。
「ずっとずっと、逢いたかったんだからぁ…っ!!ずっと、ずっと…っ」
「…あかね…」
乱馬の白装束の胸元がじわりと濡れてゆく。乱馬はぎゅっと唇を噛んで乳白色の空を仰いだ。泣くまい、自分は涙を見せまい、と不屈の精神でその衝動を抑え付けながら。
「…ごめんな、あかね。またお前のこと、泣かせちまって」
乱馬は震える手であかねの藍色の髪をそっと撫でた。まるでいとし子をあやすかのように、慈しみの籠った指先で。
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