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□メトロノーム
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 チッ……チッ……チッ……

 メトロノームが刻む一定の割とゆっくりめなテンポに合わせて、あかねは頭の中でリズムをとる。

 その横にいるのは、目を閉じて人差し指で小さくリズムを刻む乱馬。

 彼はピアノの先生である。そしてあかねはその生徒。


 「…じゃあもう一度、さっきのとこから弾いてみて」

 「…はい」


 あかねは鍵盤に細い指を置き、微細にそれを動かして音を生み出してゆく。

 しばらく聴き入っていた乱馬は、ふとリズムをとっていた長い指を、あかねの首筋にぴたりと添えた。

 あかねの肩が一瞬ぴくりと震え、ごく僅かに音が乱れる。まるで心の微細な動揺をそのまま表しているかのように。


 「…そこ、また間違った」

 「だ、だって…」

 「うん?どうした?」

 「せ、先生が…」


 乱馬がくすりと愉しむかのように笑みを零したのを背中で感じ取り、あかねはぐっと押し黙った。

 …絶対に子供だと思ってからかわれてる。反応したら思う壷だわ。

 唇をきっと引き結んで、あかねは音の体勢をさりげなく立て直す。

 すると今度は、耳元にさわりとなにか柔らかいものが触れる。くすぐったい感触。

 あかねは反応しまいと頬をうっすらと紅潮させながら、鍵盤から目を逸らさずに音を紡ぎつづける。


 「…テンポ、少し上げたほうがいいかな」


 目を細めて笑うと、乱馬はあかねの目の前にある黒いメトロノームに長い指を伸ばした。

 チッ…チッ…チッ…

 そのリズムが微妙に速くなる。

 そして、乱馬の腕は、そのままあかねの身体を包み込んだ。


 「…!」


 鍵盤の上を動いていた指が、遂に動きを止める。音が途切れる。

 あかねは背で乱馬の鼓動を感じた。メトロノームにあわせて、明らかにテンポを上げたそれに呼応するように、あかねの心臓もまた疼く。


 「……見てるだけじゃ、嫌だ」


 あかねの耳元で、少し震える唇で乱馬が囁いた。


 「…足りない。あかねに、触れたい」





end
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