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□行方不明の感情
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 「あ、」
 
 
 すれ違いざまに思わずそう声を零すと、そのひとはちらりとわたしに振り向いた。

 ものすごくきれいな男の人だった。陶磁器みたいに白い肌をしていて、切れ長の目は透き通るような黒。

 黒?


 「…あの、」

 「どうしました?」

 
 にっこりと微笑んで、そのひとは小首を傾げた。ひどく美形なその表情に、頬が自然と紅潮する。

 面食いではないと思っていたのに。でもそんな顔は反則だ、誰だって惹かれてしまいそうだもの。


 「…あなたの目、黒いです」

 「え?…まあ、そうでしょうね」


 わたしの意味不明な質問に、一瞬目を見開いたそのひとは、それでもまた微笑みながらわたしを見遣る。

 息が詰まりそうな美形だ。もしかして芸能人?いや、芸能人の中にもこんなにきれいな男の人はいないだろう。


 「僕の顔に、何かついてますか?」


 くすりと笑いながら顔にぺたぺたと手を置いたそのひとを見て、慌てて一歩後ずさる。


 「あ、す、すみません。ただ、すごくきれいな人だなあって…」


 またその切れ長の目が見開かれる。黒い瞳。けれどなぜか、それが混じり気のない「黒」であることにどうしようもなく違和感を感じる。


 「…あの、もしかして…」


 そのひとは先を促すように頷いた。まるでわたしの答えを待ち侘びているような、どこか楽しそうな無邪気な表情。

 また、とくりと胸が疼く。

 どこかで味わったことがあるような。どこか懐かしい、甘い疼き。


 「…わたしたち、どこかでお会いしたことありますか?」


 そのひとは一瞬、少しだけ残念そうな表情をして肩を落とした。けれどすぐにまた微笑むと、わたしの手をぎゅっと握りしめた。


 「それは、あなたが自分自身で思い出さなければならない」


 まるで謎かけのような言葉、そして手の温もり。どうしてだろう、どこかでこの声を、この温もりを覚えているような気がするのは?

 
 「だから僕は待っていますよ。……千尋さん」


 はっ、と驚愕にまた一歩後ずさったわたしに、そのひとはまた切れ長の目を細めて優しく、楽しげに笑った。





end.

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