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□約束だった
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あの日、この場所で、千尋と『約束』をした。本当に些細で、けれどとても大切な口約束を。
(また、どこかで会える?)
(うん)
(きっとよ?)
(きっと)
けれど本当は、分かっていた。私が彼女と再び今生で出会うことは、もう叶わぬのだと。
だから、言葉をはぐらかすしかなかった。『きっと』という言葉のなかに、どれほどの無念が、哀しみが篭められていたか、千尋はきっと知らない。
「…私だってもう一度、そなたに会いたいよ」
後ろから吹く風が私の髪と水干の袖を揺らし、草原の草を撫でて駆けて行く。私が決して歩むことのできない道を。
「…元気にしているだろうか」
あの日と同じ青空の下で、優しい風に宥められるようにこうして立ち尽くす。動かすこと罷り叶わぬ運命の前ですら立ち竦む私を、慰め勇気付けるように。
「果たせぬ口約束をして、ごめんね」
風が私の言葉をさらってゆく。出来ればこの心も添えて、あの日この空の下で約束を交わしたあの少女のもとへと、送り届けておくれ。
例え覚えていてくれなくともいい。千尋と共に過ごした短い時は、確かに存在したのだから。そして彼女もきっと、心の奥底にその記憶を留めておいてくれているはずだから。
「…どうかしあわせに生きておくれ。離れていても、もう会えなくても、…やはりそなたが私の一番だ」
約束だった。
叶う見込のない口約束をしてしまった。
あの約束をしたのは、彼女のためか。
はたまた自分のためか。
けれど、例え再び巡り会うことが出来なくとも、この心だけは変わらないよ。恐らくこの身が朽ち果てるまで。
風に乗せて、何度でも送ろう。
果たすことのできない約束の代わりに。
「そなたのしあわせを、誰よりも願っているよ。ずっと、永遠に。…それは絶対に、約束するからね」
かの少女にどうか、幸あれ。
end.