titles

□約束だった
1ページ/1ページ


 あの日、この場所で、千尋と『約束』をした。本当に些細で、けれどとても大切な口約束を。


 (また、どこかで会える?)

 (うん)

 (きっとよ?)

 (きっと)


 けれど本当は、分かっていた。私が彼女と再び今生で出会うことは、もう叶わぬのだと。

 だから、言葉をはぐらかすしかなかった。『きっと』という言葉のなかに、どれほどの無念が、哀しみが篭められていたか、千尋はきっと知らない。


 「…私だってもう一度、そなたに会いたいよ」


 後ろから吹く風が私の髪と水干の袖を揺らし、草原の草を撫でて駆けて行く。私が決して歩むことのできない道を。


 「…元気にしているだろうか」


 あの日と同じ青空の下で、優しい風に宥められるようにこうして立ち尽くす。動かすこと罷り叶わぬ運命の前ですら立ち竦む私を、慰め勇気付けるように。


 「果たせぬ口約束をして、ごめんね」


 風が私の言葉をさらってゆく。出来ればこの心も添えて、あの日この空の下で約束を交わしたあの少女のもとへと、送り届けておくれ。

 例え覚えていてくれなくともいい。千尋と共に過ごした短い時は、確かに存在したのだから。そして彼女もきっと、心の奥底にその記憶を留めておいてくれているはずだから。


 「…どうかしあわせに生きておくれ。離れていても、もう会えなくても、…やはりそなたが私の一番だ」








 約束だった。

 叶う見込のない口約束をしてしまった。

 あの約束をしたのは、彼女のためか。

 はたまた自分のためか。

 けれど、例え再び巡り会うことが出来なくとも、この心だけは変わらないよ。恐らくこの身が朽ち果てるまで。

 風に乗せて、何度でも送ろう。

 果たすことのできない約束の代わりに。


 「そなたのしあわせを、誰よりも願っているよ。ずっと、永遠に。…それは絶対に、約束するからね」


 かの少女にどうか、幸あれ。






end.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ