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□きっと今日は夢も見ない
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「…千尋?まだ眠れないの?」
隣から聞こえるひそやかなハクの声に、千尋はもそりと身体を反転させて彼に背を向けた。
「眠くないもん…」
「眠くないの?…それとも眠れないの?」
「うーん…多分どっちも違うかな」
「?」
千尋はくるりとまた身体を反転させて、ハクに向き合った。
「…眠りたくない、っていうほうが正しいかも」
「どうして?」
「だって……」
墨を溶かしたような暗がりの中でもわかるほどに染まる、千尋の頬。つられてハクの陶器のような肌にもうっすらと朱みがさす。
「……ハクの隣にいるのに、眠るなんてもったいないもん」
言ったきり、千尋は気恥ずかしそうにハクから視線を逸らす。ハクは微かに熱を帯びた頬に手を宛ててみた。
「…そんなことを言われたら、…私も眠れなくなってしまいそうだよ」
茶色の前髪を優しく撫でながら、ハクがはにかむように微笑みを浮かべた。
「じゃあ、…寝ないでいようよ」
「…うん。たまには夜更かしもいいね」
「ハク、何かお話して?昔話とか、何でもいいよ」
「う、うん。さて、何がいいかな…」
ほのかな想いと胸の疼きをひた隠して、ふたりは暗さのなかで話に興じる。
きっと今日は夢も見ない。
夢の中の虚の世界に身を投じるよりも、いとしい人の隣で微笑む方がずっと、ずっとしあわせだから。
end.