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□何も考えず眠れ
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 「…ハク…」



 薄い滑らかな布の中で、求めるように握られる手。


 その手のぬくもりは限りなく柔らかく、限りなく愛おしい。



 「…千尋、愛しているよ」



 そう囁いてその指に唇を落とす。


 触れたところから千尋の美しさが私の中に流れ込んでくるようで、心地よい。


 静かに布の擦れる音がして、千尋が私に背を向けた。


 離れてしまったことが名残惜しくてその背に触れようとして、…やめた。


 その背は小刻みに震えていた。


 ぬくもりを求めて触れようと伸ばした手は、力なく布の中に沈んでゆく。



 「…千尋、私のほうを向いて」



 静かに問いかければ、その肩がぴくっと跳ねた。


 
 「千尋。そなたの顔が、見たい」



 滝の流れのような茶色の髪をそっと撫でる。


 その一本一本にそなたの魂が宿っているから、その一本すらも愛おしくてたまらない。



 「…ハク、あのね、」



 震える声で、千尋が呟くのを、目を閉じて聞き入る。



 「…どうしてかわからないけど、涙がとまらな……」



 「…千尋、」



 その言葉を利己的にも無理矢理に遮る。


 涙は見せないでほしい。


 その美しいしずくこそが、私を苛んでゆくから。


 この心を締め付けるから。



 「…今はただ、何も考えずに眠って」



 その肩を抱いて、幼子をあやすように囁く。


 そう、眠ってしまえばいい。


 そなたを苦しませるものから解き放たれる唯一の世界が、夢の中ならば。





end.

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