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□ケモノノコトバ
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「秋山さんは、美味しいものを一番始めに食べてしまう派ですか?それとも最後にとっておく派ですか?」

「そうだな…」



視線が交錯するとその先で、彼が目尻を弓なりにしならせて笑った。

色々な笑顔を見てきたけれど、こんな悪戯っ子のような笑顔も…悪くない、なんて思ってる自分がいる。

が、しかし。

それに付随する不純な心意気を除けば、だ。



「俺は、美味しいものはゆっくりじっくりと食べるね。時間をたっぷり掛けて、よく味わって」



そう言って、何故かじりじりとこちらににじり寄ってくる彼。

何か本能的に危険を感じて、思わず素早く後ずさる。

これも日々の戦いの賜物なのかもしれない。

決して喜ぶべきことではないのだけれども。



「なんで逃げるの」

「だ、だってなんだか厭な予感が…」

「厭な予感だなんてひどいなあ。俺はたださっきの言葉を証明しようとしてるだけなのに」



所詮狭苦しい部屋の中、呆気なく捕まって抱きすくめられる。

柔らかい前髪が首筋に当たってくすぐったくて仕方がない。

思わず笑いながら身を攀らせた。



「うわ、くすぐったいですよ!…あっ、どさくさに紛れてどこ触ってるんですかっ」

「どこって、…」

「違います!なんでそんなところを触るのか、って聞いたんです!」



かなり際どい位置にある手を探って、その手の甲を思い切り抓る。

痛っ、と小さな声が上がり、彼が痛みを紛らわすようにその手をぶらぶらと振り出した。



「ひどいじゃないか。仮説を立てたら証明する、これが俺のポリシーなのに」

「そんなの屁理屈です!」


不満げに反駁の声を上げた彼に切り返すと、実に苦い顔をして押し黙られる。

まだ不満足の様子。

まるで拗ねた子供みたい。



「そんな顔して見ても駄目です!もうっ、今日は秋山さん夕飯抜きですねっ」

「……えっ?」



途端に彼の顔がさっと青ざめた。

してやったり。

これもまた、日々の諸戦の賜物、なのかもしれない…。



「…秋山さん。毎日毎日、疲れません?」

「いや、俺は粘り強いぞ」

「粘り強いとかそういう問題じゃありません」



肩を怒らせて背を向けると、背後で愉快そうな笑いが聞こえたような気がする。

けれど振り返ることはしないで、私は夕飯の支度に戻って行った。



簡単に手に入る獲物なんて美味しくないでしょう。

だから私も粘りますよ、秋山さん。






end.

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