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□恋を知った人形は
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【after:或る人形の恋】



「ねえ、乱馬。若い頃に事故に遭って、それであたしに会いに来られなくなったんでしょう」

「ああ、ロードワーク中に車と接触したんだ…。それで脚がめちゃめちゃになった」



あかねがじっと見詰めてくる。

何だ、何だって言うんだ。

ごくりと生唾を飲み込んだ乱馬に、あかねの大きな瞳が一際近付いてくる。



「あの夕馬くんって子。乱馬の孫、なんでしょ」

「ま、まあな…」

「ふうん…」



気まずい沈黙。

一緒に天国に来て、仲睦まじくいちゃいちゃと過ごしてはや云ヶ月、こんな空気に見舞われたのは初めてのことだった。



「そうよね。あんた、婚約者と結婚したんだものね」

「し、仕方ねえだろ、どうしようも無かったんだから…」

「なんでよ」



なんで生きていた頃の過去を掘り返してくるんだ?

些か狼狽しながらも、乱馬はあかねの手を握り、そのつぶらな瞳を見下ろす。

覚悟を決めるしかない。

ともに生きると決めたのだから、隠し事があってはいけないだろう。



「…動けなくなった俺の面倒を看てくれる、って言われたんだ」

「あ…」

「そこまで言われたら、さすがに拒否出来なかった…。あいつのこと、嫌いではないけど好きでもなかった。あいつはそのことをよく分かってたと思う。分かってて、それでも俺を支えたいって言ってくれたんだ」



あかねの手を握る手に力が篭る。

真剣に聴き入るあかねを見下ろしながら、乱馬はゆっくりと目を閉じた。



「…人ってのはな、本当に好きな人間とは結婚出来なかったりもするんだよ。曲げられない事情とか、色々有るからな」



恋情も愛情も、妻に与えてやることが出来なかった自覚がある。

思えば長らく寂しい思いをさせていたに違いない。

それでも、身体に障害を抱えた乱馬を生涯献身的に支えてくれた妻に、彼は言い尽くせない程の感謝を感じていたのだった。



「でもな。それでもみんな、お互いに尊敬し合ったり支え合ったりして、良い家庭を作るために協力して生きて行くんだと思う」



あかねが小さく頷いた。

そうだ、その言葉に決して偽りはない、と乱馬は思う。

夫となり、父となり、祖父となったこと、決して後悔はしない。

生きていた頃、あそこは確かに自分の居場所だったのだから。



「でもな、これだけは知ってて欲しい。今の俺の居場所はここだ。…あかねの隣。ここだけだからな」



ごく近いところで視線が混ざり合う。

優しく、包み込むような乱馬の笑顔に、あかねの顔も漸く綻び始めた。

過去のことをとやかく言っても仕方がない。

過去は戻らないけれど、その分未来が待っているのだから。

たくさん、取り戻していこう。



「……うん。分かってる」





end.

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