Inuyasha

□召しませ
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邪見が目を白黒させるのも無理はなかった。

りんが大岩に腰掛ける主の膝に乗って、箸で菊膾(きくなます)をつまみ、あろうことかそれを引き結ばれた主の口に近づけてにっこりと微笑んでいるのだから。



「殺生丸さま、あーん」

(何があーん、じゃ!馬鹿娘!)



ほんのり薄紫の膾を主の澄んだ金糸雀色の瞳が物珍しそうにしげしげと見下ろしている。

さして気分を害した様子でないことがこの家臣にとっては更なる驚きだった。



「…これは?」

「これはねえ、菊の膾だよ。秋だから菊がたくさん採れるでしょ?」

「何故、それを私に」

「だって食べてみてもらいたかったんだもん」



だからはい、あーん、とりんはさらに箸を口元へ近く寄せた。

涼しい顔をした主もさすがに堪忍袋の緒が切れるのでは、と生きた心地のしない家臣の憂いなどこの娘には知る由もない。

そうしてしばらく粘ってみても主は断固として唇を引き結んだままなので、さすがの娘も気をくじかれて肩を落とした。



「あーあ。こうすればきっと食べてくれるってかごめ様が言ってたのに」



ということはつまり、あの犬耳の半妖は巫女にこのようにして飼い慣らされているということなのだろうか。

その場面を思い浮かべて思わず物陰で吹き出した家臣を光の速さで主の瞳が据えた。



(ひっ!)

「……邪見」

「は、はい、何でございましょう…?」



じいっと無言のまま静かに見詰めてくる瞳が空恐ろしい。

その瞳にこれ以上見詰められていてはその眼力によって顔に風穴があくかもしれない。

邪見は思わず後退り、急用を思い出しましてと何とも下手糞な出来合いの言い訳を残すと脱兎のごとく駆け出していった。










「あれ?邪見様、行っちゃったね」



りんが小首をかしげて視線を前に戻し、あっと目を瞠った。

箸先の菊膾が消えていた。

妖の口元が咀嚼に合わせてほんのわずかに揺れている。



「殺生丸様…食べてくれたの?」



りんがこの上ないほどに顔を綻ばせると、逆に彼は小難しいような顔になった。



「……酸っぱい」

「えー?だって膾だもん」



殺生丸様にも苦手なものがあるんだあ、と娘はあっけらかんとして笑ってみせた。








end.

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