Inuyasha

□命をし全くしあらば球衣のありて後にも逢はざらめやも 4
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帰路につくかごめの足取りは重かった。

アルバイトの帰りで遅くなってしまい、街灯の明かりの乏しい住宅街の細道は、もうすっかり夜のしじまに包み込まれていた。

生ぬるい夜風が、うつむいて歩くかごめの頬を撫で付けて、彼女の行末へと駆けてゆく。

時折ちらちらと真暗な背後のようすを窺いながら、かごめは小さく溜息をついた。



「─…何だったんだろう、あれ」



バスの中での出来事が脳裏に鮮明に焼き付いていた。

頭にこびり付いて離れないあの亡霊のような乗客の残像のせいで、薄ら寒いような気分からまだ抜け出せない。

肩に乗せられたあの手が、今もまだそこにあるような気すらした。

思わず背筋が凍りつき、かごめははたと立ち止まる。

両の肩に何もないのを確かめるように、怖々と見遣った。



「幽霊、だったのかな……でも、あの爪」



──あの爪は、妖怪のものだった。

嫌な予感がか細い線香からあがる煙のほうに、仄かにかごめの心中で浮かび上がってくる。

あの爪をどこかで見たことがなかっただろうか、と。

問い掛けてみてますます、予感は煙のように朧気なものから、はっきりと形を成すように思えて、かごめはぶるりと戦慄した。



なぜ、あの亡霊のような乗客は、かごめが巫女であることを知っていたのか。

金縛りを解くことのできる神通力を彼女が有していると、まるで初めから知っていたかのような口ぶりだった。

「あの頃」の、五百年前を旅していた頃のかごめを知っているものなければ、分かるはずもないことなのに。



「違うわよね、まさか─…まさか、あいつがそんなこと…」



──犬夜叉が、あんな風に私を怖がらせるはずがないもの。

心に刻みつけるように神妙に頷いてみせる。

そうしてかごめは再び、心許ない街灯の明かりを頼りに家路を急ごうとした。












一歩踏み出したとほぼ同時に、かごめの真上から仄かに照り付けていた街灯の明かりが、何の前触れもなしにふっと掻き消えた。

まるで蝋燭の火が、誰かの零した刹那の吐息で消されたかのように。

月明かりも星明かりもない夜空の下、かごめの歩く細道はまたたく間に黒檀色に染まる。



「──え、なに!?」



驚いて一歩後ずさったかごめの右手首を、氷のように冷たい手が強く掴んだ。

短い悲鳴が一瞬、全てを被い尽くす闇を引っ掻くようにして響く。



掴まれた腕を引こうとしたとき、かごめの鼻先を不思議な香りがふっとかすめた。

まるで沢山の花を燻したかのような匂い。

──そう思った瞬間ゆらり、とかごめの身体が前に傾く。



力強い腕が傾いたかごめの身体を受け止めた。

凍てつくようにつめたい腕だった。

振り解きたくとも、身体に力が入らない。

目蓋の重さに耐えかねて閉じかけたかごめの瞳に、闇の中で彼女を見下ろすものの姿がまるで影絵のように映った。

笑みにひずむ紅緋色の口元だけが、真暗なその顔の中でいやに鮮烈だった。









To be continued...

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