novels 3
□V
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きょうは雲の流れる速度がとても遅い、と思った。
ゆったりと、音も無く。まるで時間など存在しないとでもいうように。
何故かひどく焦っている自分が、馬鹿らしく感じてしまう。
何故、急いているのだろう。
何から、離れたいというのだろう。
もうあの終点は、あの場所から動きはしないというのに。
「……直?」
呼ばれてはっと瞠目し、頬杖を突きながら窓の外を見ていた少女・神崎直は、たった今自分の名を呼んだ人物に視線を移した。
「あ、ごめんなさい。何の話だったっけ…?」
「全く、相変わらずだなあ。直は」
耳に心地よいゆったりとした声の青年は、隣に座る直の手を取って笑った。
直はその手に視線を落としてから、再び青年の瞳を見上げ、控えめに微笑む。
「じゃあもう一度言うから。…うちの家族に、直のことを紹介したいんだよ。だから今週末にでも、一緒に来てくれないかな?俺の実家に」
「…私のことを?」
「そう。だって、いずれ俺と結婚するひとだからさ…」
青年は頬を微かに赤らめて、視線を泳がせる。
その様子を瞬きもせずに見上げていた直の瞳が、ほんの僅かに曇るのが、果たして彼の視界の端にでも映っただろうか。
「……うん、そうね。行く。連れてって」
「本当に?じゃ、早速今週の日曜日に行こうか」
傍目からはっきりと判るほどに青年の顔が綻ぶ。
直は微かに笑うと、再び視線を窓の彼方へと向け、意識を飛ばせた。
飲みかけのアイスコーヒーの氷が、からん、と小気味の良い音を立てた。
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