novels 3

□V
1ページ/3ページ



きょうは雲の流れる速度がとても遅い、と思った。

ゆったりと、音も無く。まるで時間など存在しないとでもいうように。

何故かひどく焦っている自分が、馬鹿らしく感じてしまう。

何故、急いているのだろう。

何から、離れたいというのだろう。

もうあの終点は、あの場所から動きはしないというのに。









「……直?」



呼ばれてはっと瞠目し、頬杖を突きながら窓の外を見ていた少女・神崎直は、たった今自分の名を呼んだ人物に視線を移した。



「あ、ごめんなさい。何の話だったっけ…?」

「全く、相変わらずだなあ。直は」



耳に心地よいゆったりとした声の青年は、隣に座る直の手を取って笑った。

直はその手に視線を落としてから、再び青年の瞳を見上げ、控えめに微笑む。



「じゃあもう一度言うから。…うちの家族に、直のことを紹介したいんだよ。だから今週末にでも、一緒に来てくれないかな?俺の実家に」

「…私のことを?」

「そう。だって、いずれ俺と結婚するひとだからさ…」



青年は頬を微かに赤らめて、視線を泳がせる。

その様子を瞬きもせずに見上げていた直の瞳が、ほんの僅かに曇るのが、果たして彼の視界の端にでも映っただろうか。



「……うん、そうね。行く。連れてって」

「本当に?じゃ、早速今週の日曜日に行こうか」



傍目からはっきりと判るほどに青年の顔が綻ぶ。

直は微かに笑うと、再び視線を窓の彼方へと向け、意識を飛ばせた。

飲みかけのアイスコーヒーの氷が、からん、と小気味の良い音を立てた。




.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ