novels 3

□紙飛行機
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毎年夏休みが来ると、地方にある祖母の家に遊びに行くのが恒例になっている。

平生身を置く都会の喧騒から離れて緑の多く残る土地に留まるのはとても心地よくて、物心ついたころから夏の訪れが待ち遠しくて仕方が無かった。

徒歩圏内にコンビニがなくて、ショッピングモールなど車を何十分も走らせなければ辿り着けないようなところにある。

それでもよかった。むしろその方が自分には合っているような気がした。騒がしい都会の空気の中に埋もれて送る密閉生活を自分は好まない。



「ただいま、おばあちゃん」

「おや、来たの。早かったねえ」



久方振りの祖母の家がとても懐かしく感じられた。玄関の開戸をくぐると奥の方から風が流れてきて、そして自分の脇を横切って外へと通り抜けて行った。

玄関の敷居で祖母がたたずみ、前掛けで手を拭きながら笑い掛けてきた。風の名残に何かあまい香りがする。

靴を脱いで揃え、段差を上がるとショルダーバッグを床に下ろした。それを見て祖母が目を細めて笑った。



「随分と大荷物で来たね。今回はどのくらいいられるんだい?」

「呼び出しがくるまでずっといるよ」

「呼び出しって、学校のかい?学校、忙しいんじゃないの?」

「いいんだよ。生徒会なんてどうせ雑用だからさ。部活は適当な理由付けて休んだから」



舌の先を微かに突き出して言うと、祖母が「ずる休みはいかんねえ」といたずらっぽく笑って見せた。

重いものを持ち続けて凝った肩を回しながら苦笑した。夏休みはこの地で骨を休めるのが自分への褒美なのだから、たまには不真面目したっていいだろうと思う。



「なにかいい匂いする。あまい匂い」

「相変わらず鼻の利く子だね。電車の旅も疲れただろうからね。疲れた時にはあまいものが一番だよ」



さ、おいで、と祖母がにこにこと笑いながら歩き出す。おろしたショルダーバッグをもう一度肩に下げてその後に続いた。

家の中の空気をいっぱいに吸い込むと、水と風とあまい香りがすうっと身体に滲み込んでいく。遠くからは微かに蝉の音が聞こえてくる。

──ああ、今年も。夏が、きたんだ。






とんがった西瓜の先を齧る自分を祖母がじいっと見詰めていた。なに、と首を傾げると、ほんとに大きくなったねえ、と優しく眦を細める。



「こんなに別嬪さんに育って。父さんも母さんも鼻高々だろうねえ」

「おばあちゃん…。別嬪さんだなんて、中学生の男子への褒め言葉にならないよ」

「そうかねえ。それにしても本当に綺麗な顔をしとるねえ。誰に似たんだろか」



顔をじっと見詰められるのは昔からのことなので馴れている。自分はどうやら珍しい顔立ちをしているらしい。

そんなに見られると穴が開くよ、と笑い飛ばした。この顔のどこが特別なのか、自分には良く分からない。



祖母は水仙の描かれた団扇をぱたぱたとこちらに向けて扇いでくれている。窓辺でちりん、とかすかに風鈴の音が鳴った。とてもいい音だったので思わず見上げてみた。

風鈴のまるいガラスには上の方から淡い透き通った水色が塗られていて、色が少しずつ、透明に溶ける様にして薄れている。

窓の向こう側の空と同化して、シンプルだがとても味のある風鈴だと思った。綺麗な風鈴だね、と言うと祖母が嬉しそうに顔を綻ばせる。



「ああ、それね。ついこの間、千尋ちゃんにもらったんだよ」

「……千尋ちゃん?」

「そう。この春から近くに越してきた女の子だよ。女の子、って言っても立派な社会人だけどね。再就職した会社がここに近いからって」



風鈴の透き通ったガラスの向こうに、雲が疎(まば)らに浮かぶ青空を見晴かす。どこにでもある空なのに、どこかで見た様に特別に思える空。

──何だろう。心がざわついたような気がしたのは。



「あ、千尋ちゃんの話で思い出した。私ったら西瓜を張り切って買い過ぎちゃったんだよ。もしよかったら、これひとつ千尋ちゃんに御裾分けしたいんだけど、あの子のところに届けてくれないかねえ」



祖母が畳の上の大きな段ボール箱を見詰めながら苦笑する。身を乗り出して見てみると、なるほど中には小ぶりの西瓜がたくさん入っていた。確かに二人だけでは食べきれる量ではなさそうだ。

立ち上がって西瓜のひとつを手に取ると、その「千尋」という人の家の場所を聞いた。歩いてすぐのところらしい。

風鈴の音がちりん、と空高く響く。その向こう側に蝉の音を遠く聞きながら、なぜか心が躍った。なにかが起こるような気がした。








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