novels 3

□.
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離れていても同じ空を見上げていよう、などと俗に言うが。

それは、全くの荒唐無稽な口約束だと思うんだ。



「今日も雪みたいですね。少し積もってますよ」



カーテンの隙間から外を窺いながら、窓を曇らせて直が呟いた。

とうに朝日を浴びてもいい刻限を過ぎたというのに、まだ薄暗いのはそのせいか。

欠伸とともに、寝癖の付いた髪をくしゃりとかき上げる。



「また寒いのか。もう懲り懲りだな」

「……あの、秋山さん」

「ん?なに」



布団にまるで蓑虫か何かのように包まったまま、秋山が首を傾げる。

直はカーテンの僅かな隙間から目を逸らして、些か呆れたような表情で秋山を見ていた。



「…いつまでうちにいるんですか?」

「え?ここ、俺の家になったんじゃなかったっけ?」

「誰がいつそんなことを言いましたかっ!」



今度はお多福のようにぷうっと頬を膨らませる。

二十も過ぎてその顔はないだろう。

秋山が腹を抱えて笑い出した。



「な、なにがおかしいんですか!」

「君、あの納豆のパッケージみたいな顔になってるよ…くく」

「ひどい!もう、秋山さんなんか早く出て行ってくださいよ!」



直が悔しそうに唇の先を尖らせた。

少しからかい過ぎたかな、と苦笑しながら背伸びする。



「出て行きたくないけど、君がどうしてもって言うなら仕方がないな」

「わ、私はただ…」

「俺の家に君が住んでくれるなら、退去してやってもいいけど?」



完全に上から目線の一言。

秋山が腕組みながら、不敵な笑みを惜しみ無く向けてくる。

直は一瞬、ぽかんと間の抜けた顔をした。



「俺と同居してくれるなら、住み着く家なんてどこでもいいけどね」

「ちょっと待ってください!同居?私が秋山さんと?展開が早過ぎますよ…!」



困惑してこんがらがる頭を持て余して、直がぶんぶんと頭を振る。

しかし秋山は今度はからかいも笑いもしなかった。



「…俺は早過ぎるとは思わないよ。もう十分待った」



からかいの色をはらまない真剣な言葉に、直は思わず押し黙って唇を引き結んだ。

秋山は布団から出て、ベージュのカーテンを握り締める直の隣に立った。

暫く声も無く視線を交えていると、秋山が直の肩にそっと手を置く。



「一緒に暮らそう、直。この先はいつでも側にいられるように」



暫く無言で床を見下ろしていた直は、何度目かの瞬きの後に顔を上げると、不意に人差し指で窓に触れた。

結露した窓に細い指が滑ると、水滴がすうっと下へ流れ落ちてゆく。

まるで何かの境界線を引いているかのようだ。

直の指先よりも、秋山はその一滴のゆく先を辿っていた。



答えを知ることをほんの少し恐れていたのだろうか。

きっとそうなんだろう。

やはり真実を告白することは難しい。

嘘ならば躊躇い無く飛び出してくるのだが。



「あれ。秋山さん、見てないじゃないですか」



直がくすりと笑って茶化した。

どうやら答えは出したらしい。

未だに真っ直ぐに見据えることの出来ない臆病な自分に失望しただろうか、と秋山は一抹の憂いを覚える。

しかし直の声色は優しかった。



「こういう重大な選択って、もう少し慎重にするべきなのかもしれませんけど。即決、って感じですね」



その言葉に絆されて、秋山は顔を上げて窓に照準を合わせた。

瞠目、そしてもう一度。

ふふ、と思わず口元が笑ってしまった。



「…本当にいいの?」

「もちろんです」

「君も俺と同じ気持ち?」

「はい。ちゃんと、そう書いてあるじゃないですか」



直がおどけたように、窓をコツコツと指で叩く。

そこに書かれたハートマーク。

そのハートを透かして見える雪空。



「寒くていやだって思ってたけどさ。雪の日も、たまにはいいかもしれない」



見上げるのは同じ空でも、気分次第でこんなにも違くて。

悲嘆のフィルターを通して見る青空など、清々しくもなんともない澱んだ空間。



今なら同じ景色を見れているだろうか。

同じフィルターを通しているから、きっとそうに違いない。

すぐ隣にいるから同じものを分け合える。

独りで噛み締めるには大き過ぎるものも、こうして半分にして、二人で生きて行こう。






end.

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