novels 3

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梶は迷っていた。

この一週間、直が「逃げようとしている」ことを知っていながら、結局秋山にも成瀬にもそのことを言い出せずにいる。

そんなこんなで、とうとう明日は彼女が言っていた金曜日だ。

……どうする、どうしたらいい。



「お前らしくないな、梶。今日は妙にそわそわしてるじゃないか」



同僚の秋山がきつく締めすぎたタイを緩めながら言う。

かつて心理学を齧っていたというこの男は、他人の心の機微に非常に目敏い。

一体誰のせいだ、と思いながらも、梶はちらりと壁にかかるアンティーク時計を見上げた。

そろそろ終業時刻が来る。

梶はがしがしと頭を掻いて、驚いて瞬きする秋山に向き直った。



「あのな、秋山。お前、最近あの彼女とどうなってる?」

「?どうって、先週会いに行ったけど…」

「けど?」



秋山は深く歎息して、頭を垂れた。

まるで恋煩いの中学生男児のようなその姿が、この男にはあまりに似つかわしくない。



「─…俺、本当に不器用だからさ。もうちょっと話せたらいいなって思ったんだけど、どうも上手くいかなくて」

「追い返されたのか?」

「まあ、そんなところだ。こんな時どうしたらいいんだろうな…」



本気で悩んでいる様子。

梶は少し意地悪な質問をしてみた。



「─…お前、あの彼女のこと、好きか?」

「…いきなり何だよ」

「つまり、どの程度か聞きたいんだよ。逃げられたら追いかけたいか?それとも、彼女の為を思って身を引くか?」



秋山が顔を上げた。

その目に宿る確かな色と、確固たる表情。

それらは紛れもなく本物だった。



「─…追いかけるさ。あの子の為を思って、とか、そんな綺麗ごとはもうやめにしたんだ」



答えの如何によっては、この秘密を伝えまいと思っていたが。

その揺るぎ無い返答を聞いた時。

梶は、一週間抱えていた秘密を打ち明けることに決めていた。










「あの子がどこかにいなくなろうとしてる!?」

「ああ。俺に直接言ってきたんだ、絶対お前と従兄弟には言うなって緘口令まで敷かれてね」

「まさか…」



衝撃を受けて瞠目する秋山を見遣りながら、それでも梶は確かめるように、答えの分かり切った問い掛けをした。



「─…どうする?このまま行かせるのか?」



ゆっくりと首を横に振る秋山の目の色は先程と変わらず、まったく揺らぎなかった。



「絶対に行かせない、俺が引き留める。第一、まだ告白の返事も聞いてないんだ。…このまま曖昧に終わらせるなんて、俺は絶対に嫌だ」



その確固たる返答を聞きながら、こいつは本当に強くなった、と梶はしみじみと感心させられた。

自ら手放した過去の恋人の面影を忘れられないでいた頃の秋山は、自己と言うものが不明瞭で脆かった。

それが邂逅に与かるやいなや、こんなにも明瞭な答えを導き出せるほどまでになったのだから。

恋とはひとを強くするのやら、弱くするのやら。

しかしそんな思考に耽っている場合でもなかった。



「─…忘れちゃいけないな。もう一人、知らせなくちゃいけない奴がいる。秋山、あいつと向き合う覚悟があるか?」



秋山はしかと頷いた。

逃げも隠れもしない、というように。



「あの子に告白した時から覚悟は決めてた。いつかその男とぶつからなきゃいけない、ってな」







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