novels 3
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……初恋は叶わないっていうじゃないですか。
だったら、私の恋はこれをかぎりに永遠にお終いです。
他の恋なんて、私はきっとできませんから。
躊躇している自分がいた。
それでも携帯電話に触れる度に、あの数字の羅列が降って湧いたように浮かび上がってくる。
…押してしまいなさい、と自分の中の何処かで声がする。
かと思えばそれを打ち消す声がする。
意味を成さない掛け合いの繰り返し、繰り返し、繰り返し…。
そのスパイラルに飲み込まれて行くように、全てが足元から崩れ落ちてしまいそうで怖い。
五年間もの歳月をかけて築き上げてきた、否これほどの歳月を以てしても未だに完成できていない、全てのものが。
『大切な話があるから、明日会ってほしい』
つい先刻の成瀬からの電話を思い起こすと、益々胸中に灰色の雲が立ち込めていくのが分かる。
…遂に時が来たんだ、鈍感な自分でもはっきりと分かってしまった。
明日、成瀬はきっと自分にプロポーズするつもりでいる。
「これが私の望みだったんじゃないの…?」
……違う、と心中で即座に否定の声を上げた自分が悲しくなる。
本当はきっと分かっていた。
誰もあの秋山という人の替わりになど、成り得ないのだと云うことを。
……求めていた存在はただ一つだったのだから。
恐らくはあの邂逅の瞬間から。
或いはそれよりずっと以前から。
「秋山さん……」
例えば自分がもう少し、彼と釣り合うくらいに大人だったなら、側にいることを許されたんだろうか。
彼の有りのまま全てを一人で受け止めてあげられる程に、大人だったなら。
…苦しませずに済んだのだろうか。
…苦しまずに済んだのだろうか。
そうやって当て所なく悩みに悩み抜いて、ずるずると時間に引き摺られてきた。
結局自分は何も変わらない。
変わるのは、自分の周りと時間だけ。
何時まで経っても、誰かが運んで来てくれる幸福を待っているだけ。
自分で幸福を掴み取りに行く度胸を持とうともしない。
手にした携帯電話に視線を落として、様々なことが頭に浮かんだ。
けれどきっと、答えは最初から決まっていたのだと思う。
頭の中で廻り続けていた数列を辿り、ゆっくりと目を閉じた。
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