novels 3

□W
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綺麗に手入れされた上質な井草の畳を、じわじわと侵食しつつある水溜り。

動揺から茶を零してしまったことに遅ればせながら漸く気が付いて、直は慌てて机から滴る雫を手で受け止める。



「あ、ご、ごめんなさい!私ったら…!!」

「ああ、いいのよ!大丈夫かしら?お洋服、汚れてない?」

「私は大丈夫ですが、畳を汚してしまって…!!」



思わず涙声になりながら、葉子から差し出された布巾で畳を抑え付けた。

周りの様子を伺うと、心配そうな表情の成瀬と葉子、そして驚きながらもどこか確信めいた表情の梶が視界に入る。



「直さん、スカートにお茶がかかってしまっているわ!替えのお洋服用意してあげるから、着替えてきた方がいいんじゃないかしら?」

「え、あ…本当だ…」



直は呆然としながらも、葉子の厚意に甘えて別室で替えの服に着替えるべく立ち上がる。

ふらふらと廊下を歩いていると、「あの!」と後ろから声をかけられて、直ははっと振り向いた。

梶が何とも言えない複雑な表情を浮かべて立っていて、無意識のうちに拳を強く握り締める。



「すみません…突然動揺させてしまって」

「…いえ、大丈夫ですから…」



どくり、と嫌な鼓動が鳴り、直は胸元を抑え付けた。

…彼と、つながりのある人。



「俺、秋山の同僚です。実はあいつから、あなたのことを少し聞いていました」

「……秋山さんが?」

「はい。何でも…昔の彼女さんだったとか」

「…ええ、そうでしたけど…」



一匹狼的な彼が過去の話を他人にしていたという事実に、直は少なからず動揺を覚えた。

そして先程から引っ切り無しに、鼓動が早まっていることも。彼の、秋山という名が挙がった時から。



「…でもそれが何だっていうんですか?もうあの人のことは、過去のことですから…」



そう言って、直は梶に背を向けた。

このつながりが空恐ろしくなった。既に断ち切れてしまったと思っていた彼とをつなぐ、この存在が。

…ともすればまた、走り出してしまいそうで怖い。

向こう見ずに、何もかもに背を向けて。あの背中を追い求めて。



「そうか…あなたはもう、過去のことだと割り切っているんですね。…じゃあやっぱり、あいつは本当の馬鹿だ」

「……え?」

「いや、あの…いとこの彼女にこんなこと言っていいのか分からないけど…」



何処か憐憫の篭った梶の口調に、直は思わず疑問を呈する形で反応してしまう。



「…あいつね、まだあなたのことを諦めきれないみたいなんですよ。いつも…あなたの話ばかりしてるから」



…聞かなければよかった、そう思った。

忘れかけていたはずの痛みと苦しみが戻って来る。

瑞々しくて甘い、あの初めての感情を伴って。




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