novels 4
□子供のためのアルバム
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――古典音楽の曲名より
「そういえばお父さん、全然写真にうつってないね」
「そうね、お父さんは写真が好きじゃ無いから」
お母さんはそう言って笑った。
そのことを淋しがっている様子ではない、寧ろ面白がっているように。
「僕とお母さんが写ってるのはいっぱいあるのに」
「ふふ、だっていつもお父さんが撮ってくれるものだから」
産着に包まれた僕、涙目のお母さん。はいはいを始めた僕、そんな僕を笑顔で見守るお母さん。
少し高いアングルから撮影された写真達は、僕の歩んできた過程を、温かくも克明に見守ってきてくれた頼りがいのある存在を想起させる。
「…お父さん、結構僕のこと見てくれてたんだね。知らなかった、こんなに写真撮っててくれてたなんて」
そこには、もう僕本人の記憶の片隅にも残っていないような「瞬間」たちが、永遠の形として保管されていた。
子供の記憶なんて直ぐに弾けて消えてしまう。
お父さんはそのことを、見越していたんだろうか。
「お父さんはあまり感情を出さない人だけどね、准一のことをとっても大切に思っているのよ」
少女のような顔で、お母さんは笑う。
この人は永遠に幼いままなんじゃないだろうか。僕を産み育て、立派な母になった今でも。
僕の隣にいつもお母さんが写っていた。
小さな枠の中に、まるで二人が揃っていることが必然であるとでもいうように。
表情豊かなお母さん。
お父さんが、そんなお母さんと過ごす一瞬一瞬を永遠に留めておきたいと願う気持ちも、わかるような気がした。
「……お父さんってさ、ホントにお母さんのこと大好きなんだね」
「え?何か言った?」
「ううん、なんでもない」
今までお父さんの目に映り、そしてお父さんの記憶の宝箱に納められてきただろう瞬間達を、僕も記憶に留める。
寡黙だけど本当は凄く温かいお父さんがいて、素直で優しいお母さんがいて、僕がいて。
そんな日々がただ素晴らしいと思った。
過ぎ去った日々すらも抱きしめたくなるほどに。
「あ、お父さんが帰ってきたみたい。准一、ごはんにするから座ってなさいね」
顔を綻ばせて駆けてゆくお母さんを見送って、僕は棚に仕舞われたカメラを取り出した。
がちゃり、とドアが開いたと同時に、僕はカメラのシャッターを押す。
…パシャリ。
突然のフラッシュに驚いて、固まったまま目を見開くお父さんと、お母さん。
二人の様子が妙に可笑しくて、僕は思い切り笑い声を上げた。
「おかえり」
そう言えば、呆れ顔のお父さんが少しだけ笑いながら、僕の頭に大きな手を乗せる。
「……ただいま」
そんな日常を、僕もアルバムいっぱいに残していきたいと。
そう、思った。
end.