novels 4

□only time
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がたんごとん、と音を立てながら、電車は線路を滑って進んでゆく。
もう何時間、こうして揺られているだろう。
頬杖ついて窓の外の移り行く景色を視界に収めながら、直は小さく欠伸した。
欠伸による涙を袖で押さえるようにして取っていると、すぐ正面から忍び笑いが聞こえてくる。


Γ―…眠い?」
Γ少し…」
Γじゃあ、少し寝たほうがいいよ。まだ着かないから」


柔らかな労りの言葉に、直はちらりと視線を移した。
脚を組んで外国の小説に視線を落としたまま、秋山がゆるやかに笑う。
がたんごとん、振動の度に微かに揺れる明るい色の髪。
じっと見詰めていると、秋山が不意に視線を上げた。


Γそんなに見られると、顔に穴が開くよ」
Γ…あの、秋山さん…」
Γ何?」
Γあの…」


直は言い渋りながら、窓の外にちらりと視線を投げ掛けた。
まだ夜の帳に包み込まれたままの、底無しの黒。
取るに足らない、ちりばめられた小さな星屑達。
この二つしかこの世には存在しないかのような思いに囚われる。


Γ…私達、どこに向かっているんですか…?」


他に誰もいない車両に、直の静かな声がひっそりと広がった。
行き先の分からない場所に着実に向かっているという不安は、直の心に揺さぶりをかける。
底無しの黒、まるであの中に自分も放り投げられてしまうかのような感覚。
スカートの上に置かれた手が固く拳を作った。


Γ終点まで、かな」


直は秋山と視線を交わした。
たった今放たれた矢のようなそれに、共に過ごして来た時が唐突に走馬灯のように頭を駆け巡る。
光陰矢の如し、と人は言う。
けれど実際は、時の経過は、放たれた矢などよりもずっと、速くて目まぐるしいような気がした。
まるでつい昨日、この男性に巡り逢ったばかりのような不思議な気分。


Γ…終点って、どこですか?」
Γさあね。着いてみたら分かる」
Γその後は?」
Γまた、別の電車に乗るよ」
Γそれでまた、終点まで行くんですか…?」


秋山は一度視線を落としてから、ゆっくりと頷いた。


Γどこかに、終点があると思うんだ」
Γ…秋山さんにしては珍しいですね。そんな、行き当たりばったりな旅」
Γ―…それでも、君は着いて来てくれる?俺と一緒に」


一瞬、直は言葉に詰まって口を噤んだ。
本を閉じた秋山が、真っ直ぐに直の目を見据えている。
底無しの黒の中に煌めいては消える星屑の光のように、直の中でたくさんの思いが浮かんでは沈んで行った。


Γあ、の…どこまで着いて行けばいいんですか?」
Γ敢えて言うなら、どこまでも、かな」
Γじゃあもし、私が途中で戻りたくなったら…?」


秋山は瞬きの後に、身を乗り出して直の手を取った。


Γ―…その時にはもう、俺が君を離してやれなくなってると思う」


直は一瞬驚きに目を見開き、それから頬を染めて俯いた。
秋山は軽快に笑うと、腰を上げて直の隣に着座する。
そして、半身を傾けたかと思うと、直の太股に頭を置いた。


Γ俺も眠くなってきたから、少しだけ…、ここで寝かせて」











直は窓の外に視線を投げ掛けた。
底無しの黒は、少しずつなりを潜めつつある。
夜明けが、来るのだ。
直は秋山の耳たぶに唇を近付けて、囁いた。


Γ秋山さん。もうすぐ終点ですよ…―」







end.

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Enyaの"Only time"という曲を聴いていたら書きたくなったお話です。
是非、聴いてみてください。

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