novels 4

□諸人こぞりて
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クリスマスという行事は、ある種の郷愁を引き出してくれる。



行き交う人々の喧騒に飲み込まれながら、秋山は遠い追憶を顧みるようにして、ふと立ち止まった。

人々が、防波堤の如く立ちはだかる彼を避けるように通り過ぎ、追い越してゆく。

慌ただしい喧騒が次第に遠退く。

……この世で一番に温かい声が広がった。



『ただいま、深一。あら、きれいねえ』

『おかえりなさい!』



貧相で飾り気のない家が、その日は子供の手によって幾らかの装飾が施されていた。

紙にクレヨンで書かれた下手くそなツリーが、本物の代わりとでもいうように壁に張り付けられている。

輪っかをを繋げて作ったカラフルな装飾と薄紙の花とが、至る所に犇めいていた。



『ぼくはお母さんになにもあげられないから』

『そんなことないよ…きれいだね、お母さんとっても嬉しいよ』



あの子供は母親からの贈り物など望んではいなかった。

その日をともに過ごせるだけで満ち足りていたのだから。

けれども次の朝に枕元に置かれたそれを見付けて、飛び上がりそうになったのを覚えている。



『おかえり。母さん、メリークリスマス』

『深一、まだ受験勉強してたの?』

『うん。もう少しで終わるよ』



机にかじりつく少年の向かい側に、母親が腰を下ろす。

秒針の音が何度か廻った時、母親が机上にそっと小さな包みを置いた。



『あまりたいしたものじゃないんだけどね…』

『そんなことないよ!嬉しい。ありがとう、母さん』

『どういたしまして。…?このケーキ、深一が作ったの?』

『うん。二人で食べたいなと思って』



台所に小振りなケーキを見付けて、母親が嬉しそうに表情を綻ばせる。

照れ臭さを隠すように、少年がせわしなくペンを回した。



─…独りきりでは、クリスマスというものは成り立たないのだと思う。

そこに自分以外の誰かがいて始めて成立する行事。

現に母親を亡くしてからは、誰も側にいなくて。

だから半ば忘れかけていた。

その行事を祝うという心すらも。



「秋山さん!!」



その声を合図に、再び世界が動き出す。

手作りのケーキの上に灯った蝋燭の明かりや、母親の綻んだ表情、小さなプレゼント。

全てが再び宝箱の中へと仕舞われていくかのように、在るべき場所へと戻ってゆく。



自分が今立っているのは、現在の地点。

クリスマスに沸く雑踏の中心地。

独りだったなら決して再び動き出すことは無かっただろう。

けれど自分にもまた、側にいてくれる人が出来たから。



「どうしたんですか?人混みの中で立ち止まったりして」

「ああ、何でもないよ。ただ…クリスマスなんて、本当に久しぶりだなと思ったんだ」



『萎める心の 花を咲かせ

恵みの露置く 主は来ませり

主は来ませり

主は、主は来ませり』



不思議そうに見上げてくる無垢な少女の手を取って、再び歩き出す。

自分もクリスマスの雑踏の中に混ざり、遠く聞こえてくる聖歌を耳にしながら。



「秋山さんは、クリスマス好きですか?」

「うん。今年から、また好きになったよ」



繋いだ小さな手は沢山のものを与えてくれる。

自分一人では得ることのできないものを。



隣にいてくれて、ありがとう。

クリスマスをくれて、ありがとう。

今年はいいクリスマスを過ごせそうだ。






end.

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秋直度低くてすみません(;;)
Merry Christmas!!

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