novels 4
□諸人こぞりて
1ページ/1ページ
クリスマスという行事は、ある種の郷愁を引き出してくれる。
行き交う人々の喧騒に飲み込まれながら、秋山は遠い追憶を顧みるようにして、ふと立ち止まった。
人々が、防波堤の如く立ちはだかる彼を避けるように通り過ぎ、追い越してゆく。
慌ただしい喧騒が次第に遠退く。
……この世で一番に温かい声が広がった。
『ただいま、深一。あら、きれいねえ』
『おかえりなさい!』
貧相で飾り気のない家が、その日は子供の手によって幾らかの装飾が施されていた。
紙にクレヨンで書かれた下手くそなツリーが、本物の代わりとでもいうように壁に張り付けられている。
輪っかをを繋げて作ったカラフルな装飾と薄紙の花とが、至る所に犇めいていた。
『ぼくはお母さんになにもあげられないから』
『そんなことないよ…きれいだね、お母さんとっても嬉しいよ』
あの子供は母親からの贈り物など望んではいなかった。
その日をともに過ごせるだけで満ち足りていたのだから。
けれども次の朝に枕元に置かれたそれを見付けて、飛び上がりそうになったのを覚えている。
『おかえり。母さん、メリークリスマス』
『深一、まだ受験勉強してたの?』
『うん。もう少しで終わるよ』
机にかじりつく少年の向かい側に、母親が腰を下ろす。
秒針の音が何度か廻った時、母親が机上にそっと小さな包みを置いた。
『あまりたいしたものじゃないんだけどね…』
『そんなことないよ!嬉しい。ありがとう、母さん』
『どういたしまして。…?このケーキ、深一が作ったの?』
『うん。二人で食べたいなと思って』
台所に小振りなケーキを見付けて、母親が嬉しそうに表情を綻ばせる。
照れ臭さを隠すように、少年がせわしなくペンを回した。
─…独りきりでは、クリスマスというものは成り立たないのだと思う。
そこに自分以外の誰かがいて始めて成立する行事。
現に母親を亡くしてからは、誰も側にいなくて。
だから半ば忘れかけていた。
その行事を祝うという心すらも。
「秋山さん!!」
その声を合図に、再び世界が動き出す。
手作りのケーキの上に灯った蝋燭の明かりや、母親の綻んだ表情、小さなプレゼント。
全てが再び宝箱の中へと仕舞われていくかのように、在るべき場所へと戻ってゆく。
自分が今立っているのは、現在の地点。
クリスマスに沸く雑踏の中心地。
独りだったなら決して再び動き出すことは無かっただろう。
けれど自分にもまた、側にいてくれる人が出来たから。
「どうしたんですか?人混みの中で立ち止まったりして」
「ああ、何でもないよ。ただ…クリスマスなんて、本当に久しぶりだなと思ったんだ」
『萎める心の 花を咲かせ
恵みの露置く 主は来ませり
主は来ませり
主は、主は来ませり』
不思議そうに見上げてくる無垢な少女の手を取って、再び歩き出す。
自分もクリスマスの雑踏の中に混ざり、遠く聞こえてくる聖歌を耳にしながら。
「秋山さんは、クリスマス好きですか?」
「うん。今年から、また好きになったよ」
繋いだ小さな手は沢山のものを与えてくれる。
自分一人では得ることのできないものを。
隣にいてくれて、ありがとう。
クリスマスをくれて、ありがとう。
今年はいいクリスマスを過ごせそうだ。
end.
------------------
秋直度低くてすみません(;;)
Merry Christmas!!