novels 2

□風切羽
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坂道を下ってみよう。

風を思い切り受けながら。



「よーし。準備はいいか、あかね?」

「うん!」



眼下に広がるのは、決してなだらかとは言えない傾斜地。

自分達は今、ここを二人で滑り降り駆け抜けようとしている。

乱馬のハンドルを握る手に更に力が篭った。



「いいか、絶対離すなよ!」

「分かってる!」



乱馬の腰に回されたあかねの手からも、心なしかより負荷を感じる。

二人は互いの躍るような声色を聞いていた。

吹き上げてくる爽やかな風を感じながら。



「行くぞ!」



ふわり、と一瞬身体が浮かび上がったかのような感覚を覚えた。

そして程なくして、



「きゃああああ!」

「うわっ、すげースピード!」



物凄いスピードで坂道を駆け降りてゆく自転車。

車輪の音が絶え間無く摩擦音を響かせ、かつてない程に高速に作動している。

加速する、下りれば下りるほどに。

あかねが思い切り乱馬の胴にしがみついた。



「い、息できないっ」

「ちょっと下向いてな、少しは息吸えるようになるぜ」



上機嫌に言いながら、乱馬は疾風を受けてばらばらと揺れる前髪をかきあげる。

気持ちいい。

風に、空間というものに、すべてに抗って突き進んでいるような感覚が心地良い。



「ちょっと、ハンドルから手離したら危ないじゃない!」

「だーいじょうぶだって、なんならほれ」



悪戯っ子のような笑みを浮かべて、乱馬がぱっと両手を離した。

途端、あかねの絶叫が辺りに轟き、乱馬にしがみつく力がいっそう強大になる。

乱馬が盛大な笑い声を上げた。



「ばか!乱馬のばか!笑い事じゃないわっ、死のサイクリングじゃない!」

「悪い悪い!もうしねーから!」



ふと、乱馬が口を噤んで遥か彼方を見渡す。

その表情を後ろからやっとの思いで辿っていたあかねが、どうしたの、と問い掛けた。



「このまま、車輪が止まるまで進み続けたら、俺達どこまで行くんだろうな」



あかねに答えているというよりは、自分自身に自問する口調に近かった。

加速し、回り続ける車輪。

自分達は何処へ行き着くのだろう?



「…知ってる奴が誰もいない場所、だったりしてな」

「行ってみたいの?」



すかさずあかねから切り返されて、乱馬は押し黙った。

自分は風に挑んでいる。

その風が、今自分が戦うべきものとどこか似ているような気がした。



「そうだな。それもいいかもしれない」

「あたしと?」

「ああ。お前と二人だけで、誰にも邪魔されないところまで」



あかねが笑った。

嬉しそうだと感じたのは自惚れのせいだろうか、と乱馬は赤くなった耳を気にしながら思う。



「じゃあ、連れてってよ。乱馬」



冗談とも本気ともとれる言葉を頭の中で反芻させながら、乱馬は冴え渡るようなスカイブルーを見上げていた。

……いつか、いつかきっと。

爽快な風を切って突き進みながら。







end.

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